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機動戦士ガンダムMSV-エクリチュールの囁き-
70話
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紙の束を手に取る。タイトルを見れば、確かに目的の物だった。
 あとは早々に立ち去るとしよう。前にかかった髪を払うように首を動かした時だった。
 ふと、デスクの上の本が目に入った。サイズこそ小さかったが、その本は酷く分厚い。表紙にはその著者であろう人物の肖像画が描かれており、生真面目そうだがどこかコミカルさを感じさせる顔がフェニクスを見返した。
 そういえば、サイド3で聞いた時にこの本を読んでいると言っていた気がする。フェニクスはそれを手に取り、パラパラとページを繰った。
 綺麗な本だった。紙媒体が急速に世界から姿を消しつつあり、世界の多くの人間は電子書籍を読書の友としている。人の趣味趣向をとやかく言う気はないが、なんとなく寂しい。本を読む、という行為はもっと現前するものへの重さと、それに対する敬意をもった行為ではないのか? どこでもいつでも読める、などという有用性の位相だけで、読書を語っていいものなのか―――まぁ、愚痴である。
 パラパラとページが捲れるたびに古い紙の、吸えば肺の奥に溜まり、頭の中にじっとりと沁み込んでくる特異な匂い、それでいて軽やかな明るい知恵の閃きが神経を撫でていく匂いが鼻をつく。
 ―――何かおかしい。フェニクスは、ふと胸中に所在ない違和感が湧き上がるのを感じた。
 その理由も何もわからず、フェニクスはその本の上の部分を撫で―――。
 あ、と唐突に理解した。フェニクスは、その本があまりに綺麗すぎることに違和感を抱いたのだ。そして、本の上部に、最初のページ付近以外全く付箋が無いことに気づいた。
 クレイの所有する本を一度だけ見たことがある。付箋が上から横からはみ出し、ページを開けば赤線が引かれ、上下左右の小さな余白にびっしりと注釈や言い換え、疑問点、そして自分の疑問への自答などが書かれていたはずなのだ。はっきり言えば、彼に本を綺麗に扱おうなどという姿勢は欠片ほども存在していなかったのだ。読書とは、出会いであり対話であり、絶えざる源-闘争である。そこに生半可な妥協や安易な選好が入り込む余地は欠片ほども無い―――まさにそうした意思を感じさせる、まさに一つの戦場だったのだ。
 それが、この本には無い。確かに本自体は古いもので紙も黄ばみ始めていたが、保存状態は良かった。まるで、買ったまま放置されたかのように綺麗だった。
 読み方が変わった―――それは無い。何せ、最初のページのほうにはきちんと付箋が貼ってあるのだ。ページを開けば、やはり余白がなくなってしまうほどに細かくメモが記載され、そこにはこの本の保存状態など知ったことかという姿勢がありありと感じられる。
「これは―――」
 どういうことだ?
 その本を手に取りながら、フェニクスは自問する。この本を読み始めたと言っていたのはサイド3を訪れた時だった。それから3月以上の
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