65話
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「遠くって?」
「地球とかかな。俺もまだ一度も行ったことは無いんだ」
地球、と応えたのはただの思い付きだった。別に地球に思い入れがあるわけでもない。ただ遠いところ、と言ってスペースノイドが思いつくのが地球だったというだけである。今では環境保護だなんだといってスペースノイドが地球に降りることはそれなりに制限がかかっているが、クレイの親と本人の社会的地位を考慮すれば地球降下は多分できるだろう。特権なんて使ってなんぼのもんである
エレアはうーんと唸って、「地球には海があるんだよね」と疑問を口にした。
「もちろんあるよ―――って海に行きたいの?」
元気よく首を縦に振る。肯定。
海―――蛇に噛まれた思い出を惹起させながらも、クレイは笑みで肯定した。引きつった顔にはなってない筈である。
「じゃあ約束ね、今度ちきゅーに行くって」
言いながら、エレアが手を掲げる。握りこみながら、何故か小指をひょこりと突き出させ、その先をクレイへと向けた。
「なにこれ?」
「ゆびきり。約束するとき日本でやるんだって」
へぇ、と自分の知らない文化に感心しながらクレイも同じように手を握み、小指だけを立たせた。
小指をフックのように曲げると、小指同士を絡ませる。
「ゆびきりげんまんうそついたらはりせんぼんのーます」
まるで呪文でも唱えるように言うエレアの日本語のイントネーションは、なんだか奇妙だった。
ぶんぶんと手を振った後、ゆびきった、の掛け声とともに小指を離す。これで契約完了、ということなのだろう。えへへー、と満足そうにエレアは笑っていた。
小指を立たせたまま、少しだけ感じる名残惜しさを飲み下した。
地球に行くともなればそれなりに手続が必要になる。試験武装の運用試験の後ともなれば2年ほどは先だろうけれど、政府高官でもない人間の地球降下にはそれくらい前もって準備しておく必要がある。取りあえず、近いうちに母親にでも連絡を入れておこうかしら―――?
くいくいと腕を引っ張られる感触に、思案から顔を上げると、彼女の瞳が真っ直ぐにクレイを見つめた。
紅い瞳。あまりに純粋な色、不純物など含んでいない綺麗な硝子玉のように澄んだ瞳―――。
「今わかったことなんだけどね」彼女は、そのあどけない見た目通りの無垢な笑みを感情に満たした。
「やっぱり、わたし、クレイのこと好きなんだなって」
まるで水でも飲むように、彼女が声を出す。表情はいつも通りで、声もまるでいつも通りで。感情を生に、そして直接的に言うのがエレアという少女だった。
だからだろう。クレイ・ハイデガーは、薄暗がりの彼女の声が、少しだけ―――ほんの、少しだけ、濡れていたことに、気づかなかった。
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