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機動戦士ガンダムMSV-エクリチュールの囁き-
65話
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己の実存の獲得の術は「努力」という行為だった。何のことは無い、世間ではその努力という行為が称賛されていたし、それを馬鹿正直に鵜呑みにしただけだった。そして、そもそも何かを超えるためには努力と言う行為が不可分であるからに、まずその行為に全霊を賭して取り組まねばならないという推論を行ったのである。
 これは結果として――――だが、彼が理想のモデルとしたのは所謂ルネサンス的な万能人だった。だから彼は毎日身体を酷使し鍛えることにしながらも、それと同じ―――それ以上に勉強という行為、道徳とは何かという堅苦しいことにも死にもの狂いで没頭しなければならなかった。周囲のクソガキ供の反社会的行為には侮蔑しか抱かなかったし、大人の達観は短慮だとしか思わなかった。周囲で唯一嫌悪感を抱かせなかったのは母親と自宅に訪れる、思慮深い大人たちだった。そんなこんなで、全き憎悪だけで己に鞭打っていた彼は、10代前半にして彼の睡眠時間は既に6時間あれば惰眠を貪ったと己を責めるほどになっていた。身体が故障しなかったのは、身体が結構頑丈だったというだけのことだ。
 悲しむべきことがあるとするならば、まず、彼の努力を肯定してくれる存在が身近に居なかったことであろう。当たり前だが、人は自分一人だけで自分を肯定できる存在ではない。その端緒は、親密な他者からの無条件の肯定によって―――世間ではそれを愛、というように表現される。より広範には、見られ、受け止められるということだ―――己の存在の安定を知り、あとは自然と自己を肯定できるようになっていくのである。
 残念なことに、彼の母親は多忙な身で息子に構う暇がなかった。近所の人が家事の手伝いに来てくれたりもしたが、そうした他者に対して彼は己の秘奥を見せることはしなかった。
 もう一点、こと恋愛について限れば、彼の選択がそもそもミスだった。
 恋愛には恋愛の力学がある。その固有の運動に対して、彼が重んじたのは公的な測定基準だった。彼は、教室で華やかな男女が会話するその端の方で、ただ一心不乱に己の内面と実在的な道徳はあるのか、仮に無かったとしたらどのような悲惨が起きるのか、あるいは起きないのかという果てのない無謀な格闘を繰り広げ、体育の授業ではふざけ合っている少年少女の隣でただ巌のような顔つきで己の身体の優位性を誇示しようと足掻いていたのである。
 そして最後に、彼が不運だったのは彼自身に相対性を覆す才能が無かったことである。彼がどれほど努力しようとも、彼の上には常に人が居た。スペシャリストを志しながらゼネラリストでもあろうとした彼は、畢竟スペシャリストには敵うはずもないのである。
 まだなんだ、と彼は思った。自分は努力をしていない、足りてない、だから自分の上には誰かが居る。才能のある、誰かが居る。その誰かのせいで、自分を注視してくれる人が居ない――
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