56話
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我知らず微笑を浮かべた。
「久しぶりだね、『アリストテレス』」
「やめてくださいよ。僕はそんな風に呼ばれるほど、偉大な人ではありません」
『アリストテレス』と呼ばれた少年は、気恥ずかしそうに笑みを浮かべた。色白な姿は肉体的な強さこそ感じさせなかったが、しゃんと立つ姿は自信に満ち満ちているようにも見える。
「君の若さでドクターの資格、物理学や生物学だけでなく哲学や神学の資格も取っている君を差し置いて、万学の祖たる者の名に相応しい人物が居るのであれば僕に教えてほしいな」
「所詮はゼネラリストです。本当のスペシャリストには敵いませんよ」
奢らない少年だった。そして謙虚な姿だった。
こうでなくてはならない。これこそ、尊ぶべき若者の規範的な姿であろう。
『アリストテレス』と握手を交わし、彼の前に浅く腰掛ける。この少年のような青年の前では、彼もまた自然と襟を直そうという気になるのだ。
「それで、例の話は?」
彼は、期待に満ちた表情で言った。『アリストテレス』は、まだ何も聞いていないのである。わざわざ、『エウテュプロン』の口から聞こうという気持ちで来ているのだ。そういう、男だった。
ちくりと胸を刺す。この男の期待を裏切ってしまうことが、酷く不道徳なことのように思ってしまった。
数秒ほど言うのをためらってしまったことから、『アリストテレス』も察したように唇を噛んだ。
「申し訳ない。君に約束しておきながら」
「いえ、良いのですよ。私も急いでいるわけではありませんから。答えを性急に得ようとしても碌な結果にならないことは、私も何度も経験していますし」
『エウテュプロン』は深く頭を下げると、すぐに表情を改めた『アリストテレス』が慌てたように手を振る。彼はただ年上、という理由だけで純粋に『エウテュプロン』を敬っていたのだ。
「無理はなさらないでください。バラティエさん、私たちには貴方が必要です。所詮私たちは民間人でしかありませんから―――」
「そう言ってもらえると助かるよ。次こそは、きっと君に良い報告を齎そう」
「はい。楽しみにしています」
頓着のない笑みを浮かべた『アリストテレス』が力強く肯く。
その後些末な会話を交わし、秘書に『アリストテレス』を見送らせた『エウテュプロン』は客室の窓際へと寄った。
執務室からは何階か降りているはずなのだが、それでもそれなりの高さだ。市街を見下ろした『エウテュプロン』は、隣のさらに高い高層ビルを見上げた。
『ラケス』はあまり表だって動かしたくは、ないのだが。
いつものように、口元に手を当てた赤毛の男は、まるで憎悪でも抱いているかのような険峻な眼差しで、隣接する高層ビルを睨みつけた。
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