56話
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く結んだ男は、感動したように肯いた。『エウテュプロン』の右腕を痛い程に握り返し、握手を終えた男が礼をする。踵を返した男の闊歩は若々しい勇ましさを感じさせた。
男がドアの前で再び踵を返して一礼し、ドアに向き直った時だった。男が重く冷たいドアノブに触れるより前に回転し、重圧を感じさせる濃茶色のドアがゆっくりと開く。
『エウテュプロン』の秘書の女だった。ドアの前に立つ長い黒髪に中東の厳つさを感じさせる秘書はドアの前に立つ男に一瞬目を丸くした後、粛々と一礼して後ろに下がる。男もまた深々と礼し、足早に部屋を退出していった。
「バラティエ様、婿様がいらっしゃっておりますが」
ドアを閉めた浅黒い肌の女が言う。どこか耳心地の良い声だ―――『エウテュプロン』は、もちろん才能も込だがその声を理由に彼女を秘書にしていた。
「予定通りだな」
もう一度時計を見る。むしろ、少し早いくらいだ。この無神論的な世界に在って、敬虔で礼儀正しい男の顔が脳裏に浮かんだ。
「彼ほどの人物を待たせるのは世界にとって不幸せだろうね。行こうか」
女が静かに肯く。女がドアノブに手を伸ばすよりはやく、ドアノブに手をかけ、ドアを開けた『エウテュプロン』は右手で外を指し示し、その方向へ軽く頭を傾けた。
「バラティエ様がこのようなことをする必要は…」
「中世の騎士や貴族は礼節から女性を丁重に扱ったものだよ」
くすりと彼女が笑う。口に手を当て、口元を見せないようにするその品の良さもまた、良いところだと『エウテュプロン』は思う。最近の若い子は―――などという人類史の始まりから使い古されたセンテンスを繰り返す気はないが、それでもげらげら声を上げて間抜けのように笑う姿のなんと見苦しいことだろうか。もちろん、それは男にも当てはまることである。
「ありがとうございます―――しかし中世の騎士や貴族も皆が皆高い徳を持っていたわけではないでしょう?」
「賢慮のない騎士や貴族などはその名に相応しくないということさ。礼節を忘れ、欲に目がくらんだ人間など惰民でしかないよ」
なるほど、と微笑を浮かべた秘書に続き、『エウテュプロン』も己の執務室を出る。長い廊下を歩き、久々にエレベーターに乗る。何階か降りて、客室についたのは5分ほど経ったかどうかという時間だった。
今度は秘書がドアを開ける。礼を言い、部屋に入れば、赤毛の男の執務室ほどではないが酷く広い客室が広がった。
ソファに座る男―――というより少年は、その音に軽く振り返ると、ソファから立ち上がって振り返った。
「お久しぶりです、バラティエさん」
素朴そうな男である。純朴そう、と言い換えてもいい。ひ弱そうだが、その目の光はしっかりと『エウテュプロン』を正面に捉えている。人の良さそうな大人しい笑みを浮かべた少年の姿に、『エウテュプロン』も
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