21話
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ーダは眉間に皺を寄せたまま、長椅子の埃を払い、腰を下ろした。
数式が神である、というのは一見荒唐無稽だが、数学者の多くが己の業績によって神の存在証明をしようと試みているという事実は興味深いだろう。特に神と科学を結びつけるのは違和感があるし、エイリィも知識で知っているだけの話で納得していない事実でもある。
「神は己の存在の不安をかき消すための方法論―――なるほど」
言いながら、マリーダは顔を上げて、向こうで磔にされている聖人の像を眺めた。
どうやらマリーダは納得したらしい。キリスト教の神学者だったら異議を唱えるだろうが、まぁそれはどうでもいいことだ。
宗教の存在意義の大部分は、きっと人が安心するために在るのだから。そして、限界状況を引き合いに出すまでもなく、人は皆、本当に無「神」論者ではいられないほど強くないことは自明なのだ。
ただ、本当に自我が安心するために神的なものを用いて良いのか、つまるところ利便性に神を貶めていいのかという問いはあるのだが、まぁ、それは今は別に良い話だ。
「―――わかったと、思います。なるほど、それなら神は必要なのかもしれません」
納得気、というわけではないが、16歳の少女が肯く。まだ出会って数週間ほどの仲だが、屈託のない笑みは初めて見た気がした。倦んだような表情で、世界の舞台裏の汚濁をまざまざと見つめる―――そんな風な老成の薫りを漂わせる彼女は、だが16歳という少女なのだ。その未熟を思い出させる表情に、エイリィは我知らず息を飲んだ。
マリーダが立ち上がる。手すりに座るエイリィの脇を抜け、所々が剥げて灰色の下地が露出した赤いカーペットの先へと歩いていく。隣を過ぎた時、ふわりと甘い匂いが鼻を擽った。熟れたパッションフルーツのような、情欲的でもあるような、全くそんな頽廃を感じさせもしないような奇妙な匂い。その甘く身を切るようなメランコリーの匂いを引き摺って、マリーダが偶像の前に立つ。
ペルソナも無くなってしまった。表情を表出することすらできなくなってしまったその神的形而上学的存在、否、むしろ存在それ自体のその現れは、どこか静謐な情愛を感じさせる。
ステンドグラスから降り注ぐ、角を失った丸い黄昏の光に包まれたマリーダの後姿に、エイリィは彼女の甘くさっぱりした匂いを思い出した。
聖女。そんな言葉は頭を掠める。御子を産んだ聖母は、きっとこのような神の知的愛を思わせる姿だったのだろう。
いや、それとも巫女の姿なのだろうか。神あそびの祝祭の中で神を身に宿した、神女の厳かな背中―――。
エイリィには、よくわからなかった。
マリーダが振り返る。肩にかかるくらいのセミロングの髪が狐の尾のようにしなり、やや長めのもみあげがひょこひょこと揺れた。
綺麗、だった。幼げで、それでもどこか溟い影を滲ませた頽
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