16話
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やすい奴―――うるさいな、と頭を振る。憮然としているのか、それともにやけているのか。たぶんにやけを憮然で打ち消しているのだろう、と客観的に自己評価を下した。
そりゃモテないわけだ。
ええい、とストローを紙パックに突き刺し、口を付けるや中身を啜った。
さっさとベンチに戻らねば。相変わらず理解しがたい味を嗜みつつ、ジャケットのポケットに手を突っ込み、身を翻し―――。
……声が、聞こえた。見知った声、ここ数年を汚辱と超克に駆り立てた男の声。
なんだ、あいつも休みだったか。その時クレイが抱いた感想は、なにも波風立つものではなかった。それも当然、聞こえた声は知己の仲。反目し合い、鎬を削った間柄であったのも、かつてという過去副詞を伴ったうえでしか語られないことだ。
曇りガラスの向こうから聞こえた声の主は、ちょうどその向こうを通っていくようだ。誰かと喋っているらしい。相手の声は小さくて聞こえないようだ。
相手がいるのか―――一声かけるぐらいは大したことはないか。
ちょうどクレイが知己と認める数少ない人物、神裂攸人の後ろ姿が曇りガラスの端に見えかかり、よぉといつもの調子で声をかけようとし―――。
声は声以前の息か何かになり、ひゅーひゅーと咽喉を鳴らした。
間違いない。攸人なのは間違いない。後姿でも違えるハズなどない。いつもクレイは彼の後塵のみを拝したから。その背を、その才気をいつも羨望と尊敬と屈辱でもって眺めていたから。そしてその背に追いすがらんとしていたから。
攸人の隣。矮躯に臀部まで届く工芸品じみた銀の頭髪は、毛先で可愛らしい黒のリボンで縛られ、犬の尾のように揺れていた。
攸人を向くエレアの顔は―――。
あぁそうか。またか。
胸に凝った何かがごっそり崩れていくような感覚。いや違うか―――崩れなどではない。ただ覆いを取っていたものが明らかになっただけか。
いつものことだ。ここまで、いつも通りなのだ。
いや――いつもより短かった、か。
緑茶を一口。クレイ・ハイデガーは、ただいつもの表情で彼の背を見送る。
舌の上に生温い苦味が広がった。
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