11話
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頬を撫でる氷風。正面から風を切るクレイの身体の奥まったところは嫌に生暖かく、肌に感じる冷たさはただ皮相を滑っていくだけだった。
ただ走り、走り、走る23歳の男の顔は、いつになく―――あるいは、いつものように、峻烈に歪んでいた。
草の大地を蹴り、濡れた空気を吸う。黒い穴のような視線が捉えるのは、漠然と充実する虚空ばかりだ。
虚空に挿す銀光、あどけなく綻ぶ少女の顔立ち。
固く拳を握りこみ、全身を強張らせたクレイは真っ赤な汗に塗れながら、ただただ走っていく―――。
結局ろくすっぽ走りもせずに、走り込みを終えたのはそれから数十分の後のことだった。気分もよくなかったし、そんな気分でもなかった。蓄積した疲労となれ合うこともせず、表情筋が固まったかのような沈鬱を表情に浮かべたクレイが目指すのは、どこともしれないあの小高い丘だった。
夜の帳は既に降り切っている。ずんぐりと広がる夜闇の中をふらふらと歩いたクレイは、その小さな丘の頂上付近―――頂上付近だが、少し降りたところに腰を下ろす。
あの日以来何度か訪れたあの丘。淡く、惨めな期待とともに訪れた、あの丘。
苛立ち、当惑、劣情―――期待?
一息吐き、空を仰ぐ。眼中に入り込んだ景色は、酷く放恣で整然とした人工の空だった。
胸中にとぐろを巻く、自棄的な極彩色の感情。
またね、と言った彼女の姿と、こちらに手を振る柔和な笑みを浮かべる彼女の姿。想起した刹那、それに覆いかぶさるようにして思考にせりあがるニュータイプ、という言葉。
あの一年戦争から広範に知られるようになった、どこか胡散臭い言葉は、戦場にあって撃墜王、あるいはエースパイロットの異名に類する言葉として語られてきた。
手を掲げる。広げた手を、強く握りしめた。
自分は凡夫だ。特殊な才能もない。センスがあったわけではない。それでも、クレイ・ハイデガーはエリートと評される場所にいる―――。
自虐的な笑みを浮かべる。脱力しながら手を降ろして、クレイは鼻の穴から目一杯熱っぽい躰の中に空気を送り込む。
クレイの頭にあるのは、翌日以降のシミュレーターのスケジュールだ。大抵、部隊規模での使用が主であり、数週間前から事前に予定が組まれているものだ。それでも、空いている時は空いている。
あとは都合のつく日に張り付けば―――。
至極、生真面目な思考。合理的で、熱のこもった思考。されどそれは、ただの思考停止の裏返しで―――。
がさと草叢がざわめく。
「クレイ―――?」
あの日聞いたはずの声が鼓膜をなぞりあげた。
心臓の痙攣。緊張だけではないその心臓の蠢動に、クレイは手が震えるのを感じた。
わざと、クレイは返事をしなかった。礼を失しているのは承知している。それでも、クレイは即答することなぞできなかった。
もう
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