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機動戦士ガンダムMSV-エクリチュールの囁き-
11話
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一度、彼女が名前を呼んだ。もっとはっきりと、あるいは力強く。クレイは、その時初めて気づいたような素振りで、間の抜けた声で返事をした。
 立ち上がる動作も、振り返る動作も緩慢。肺を圧迫するほどに心臓がのたうちまわる音が蝸牛の中のリンパ液をかき回している―――。
 知っている感覚、だった。忌々しいほどの鮮やかな過去の反復が身体中を染め上げていた。
 声の方に目を向ければ、あの、少女が居た。
「あぁ―――フランドール中尉、でよろしかったですか?」
 わざとらしく身を正し、敬礼する。
「あ、うん、そう。エレアっていうの」
 なにゆえか狼狽えているような、困ったような表情だった彼女―――エレア・フランドールが右手を額に添える。流石に軍属ということもあって、綺麗な敬礼なのが却って奇妙な印象を与える。
 彼女は、何故ここに来たのだろうか。追ってきた? それはないだろう。じゃあ別な用事だろうか―――。
 困ったような、怯えているような、迷っているような顔で、何か言い出しかけては言い吃るエレアに対して、元々お喋りでもなければあまりにもガキのような緊張で何を話していいのかわからないクレイの間では、沈黙が鎮座するのは当然といえば当然だった。
 十数秒ほどの間の沈黙。クレイの脳裏にあったのは、親友やら同僚の戯言、もといアドバイスだ。
 ええい、ままよ。
 唾液を飲み込み、咽喉を鳴らした。
「そういえば、私は自己紹介もまともにしていませんでした。クレイ・ハイデガー少尉です。先週程から666着任になりました」
 エレアの表情がきょとんとする―――束の間、少しだけ彼女の顔に笑みが浮かぶ。
「じゃあ私も、かな。エレア・フランドール中尉。666でゼータプラスのパイロットやってるの」
 薄暗くなり始めているが、彼女のSDUの襟に縫い付けられた赤地に白のライン、そして白の円が二つ並ぶ階級章はよく見える。中尉―――自分の上官なのか、と思えば、先ほどとは別な緊張があった。
 察したのだろう。くすりと笑みをこぼしたエレアが、
「敬語とか別にいいよ? 階級上だけど私17歳だし、敬語で話しかけられると変な感じするから」
「そうですか―――いや、そうですか?」
「変わってないよ?」
 洒落と受け取ったらしいエレアが笑う―――素でやったクレイは照れた笑みで返すしかなかったが、あの出会ったときと同じ柔らかい表情になったのを見れば間違ってはいない―――ということなのだろうか。釈然とはしなかったが、まぁいいか、と好意的に捉えた。
「ここは、空がきれいだね」
 彼女が空を仰ぐ。つられてクレイも振り返るようにして空を仰ぐ。
 ラピスラズリが溶けた空は、すでに黒に犯されはじめている―――現実と魔がまぐわるその空は、確かに現実感の欠如態のようで幻想的だ。
 でも、君のほうが
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