3話
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クスが中に消えていく―――同時に中で椅子を引く音が鳴り響いた。
束の間、音が沈む。なにやら喋っているらしい、というのは聞こえたが、それ以外の音は口を噤んでしまったらしい。
生唾を飲み込む音が身体の中で残響を引く。
このドアの向こうが、自分の新たな人生の始まりなのだという実感が今更におこった。
貧困階級から、努力の果てに教導団配属になったなどという美談は無い。攸人のような、類まれな才気があるわけでもない。
家庭状況だって、確かに父親は居ないけれど、豊かな家庭生活だった。不自由もなく、母親も独りながら愛情を持って育ててくれた―――と、思う。多分。
どこにでもいる、特徴がない青年。
士官学校に訪れた連邦の軍人の評価に依れば、クレイ・ハイデガーはジム・カスタム系の男らしい。
そんな凡夫でも、人生の転換には圧倒され、そして先駆的に歩みを進めるのだ―――。
「―――やっぱ、こういうのって緊張するな」
珍しく表情を硬くした攸人が、ぎこちなく苦笑いをしてみせた。少しの間の後、「そういうもんさ」とクレイも笑みを作って見せたが―――やはり、ぎこちないものになった。
「カンザキ少尉、ハイデガー少尉、入れ」
部屋の中から、フェニクスの声が波打つ。今一度、生唾を飲み込んだクレイは、幽すかに震える手をドアノブに伸ばした。ドアノブの金属的な感触も、冷たさも分からず。半回転させると、その軽く重い白塗りのドアを押し込んだ。
廊下とは異なる、人工灯のちくちくとした光が網膜を刺す。それでも顔を顰めることもせず、その部屋の中へと足を踏み入れた。
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