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逆さの砂時計
いつか見た姿
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が儘な奴め」
 アイツの傍は不思議と心地好かった。
 今思えば、それはロザリアに求めた物と少し似てる。
 アイツは誰も否定しない。俺も否定しない。在るがまま全てを受け止める光だった。
 「……っと。騎士団長殿がお呼びのようだ。また後でな、ベゼドラ」
 その時……軽く手を振って駆けて行く背中を、ご苦労な事で。と見送ったのは何十回目だったか。
 悪魔の声も届かない、正面から惑わそうとしても揺るがない、強い人間の子供として見た最後の背中を、今もずっと覚えてる。


 「旅に出る?」
 いきなり王立騎士団を抜け、王から賜ったとかいう剣を腰に下げて。
 アイツは誇らしげに橙色の目を輝かせてた。纏う空気は、最早人間のそれではなく。
 「ああ。国王陛下より直命を頂戴した。お前も来るか? 上手く行けば俺の魂を喰える機会もあるだろう」
 「……バカかお前は。人間だからこそ意味があったのに……そうまでして護りたかったのか!?」
 アイツは人間を辞めた。
 気付いた瞬間に沸き上がったのは、怒り。
 種族なんか関係無いと……脆弱な人間として生きながらも総てを受け入れてたアイツが良かったのに。
 アイツは、自分自身を否定した。
 人間では敵わない相手を倒す為に、人間である事を棄ててしまった。
 そんな弱い魂に価値なんかある筈もないのに。
 「そうだよ。俺は弱いから人間を辞めた。そうまでしても護りたいんだ。お前も含めて……この手と心に触れたもの、全部を」
 人間の中から選ばれた人間。神々の祝福を得て人間じゃなくなっても変わらない笑い顔が、無性に腹立たしく感じた。
 「ふざけるな! 俺はお前如きに護ってもらわなくて結構だ! 勝手に殺されてしまえ!!」
 「! ベゼドラ!」
 神も悪魔も……人間も。口々に勝手な理想を語る。
 下らない。下らない。下らない。
 そんな小さなヤツに成り下がったアイツなど、喰う価値は無い。
 俺はアイツを見限った。


 「……最近、人間の世界に手を出さないのね、ベゼドラ?」
 「どうでもいい」
 「……ふふ。お気に入りが手に入らなくて、拗ねてしまったのね。可愛い……」
 悪魔の女を適当に喰いながら、無駄に時間を流した。
 アイツ以上の魂は見付からない。人間を辞めさえしなければ極上の餌のままだったのに……と、苛立ちは全部、他者に押し付けた。
 「でも…… んッ ……あの、人間の……子供…… そろそろ、レゾネクト様の目に、留まりそう……よ? は……っ 殺されてしまうんじゃない かし、ら……?」
 「……知ったことじゃない」
 「冷たいわね……っあ ん、ぁあっ!」
 殺されてしまえ。レゾネクトにだろうと神々にだろうと、人間にだろうと。それがアイツの本望なんだろうさ。
 ……そう思ってた。

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