第四章
[8]前話
「この季節じゃ、咲けばじゃぞ」
「はい、では」
「私共も何が起こるかわかりませぬが」
「それでは今より」
「灰を撒きます」
「ではな」
こうしてだった、老夫婦は信長とその家臣達の前で今は寂しい桜の木に灰を撒いた。するとだった。
忽ちのうちにだ、その寂しかった桜の木がだ。
見事な色の花で覆われた、それは灰を撒いた全ての桜がそうなった。
場はあっという間に花見が出来るまでになった、信長はその桜達を見て満面の笑みになって老夫婦に言った。
「これはよい、御主達の犬が桜を咲かせてくれたな」
「生きていた頃より賢き犬でしたが」
「死んでもこうした孝行をしてくれるとは」
「まことにです」
「よき犬です」
「そうじゃな、御主達はよき犬を持った」
信長は老夫婦に暖かい目で言った。
「非常にな、さて褒美じゃが」
「いえ、滅相もありません」
「その様なものは」
「よい、わしが言ったことじゃ」
約束したからだというのだ。
「よい」
「では」
「有り難く」
「遠慮は無用じゃ、よきものを見せてもらった礼じゃ」
こうしてだった、信長は老夫婦にかなりの金銀を渡した。こうしたことも見てからだった。
佐々は共に一部始終を見ていた茶人にだ、また言った。
「これでよりわかったな」
「はい、上総之介様はですな」
「こうした方なのじゃ」
「まことによき方ですな」
「わしが慕う理由もわかるであろう」
「余計にわかりました」
鷹狩りの時以上にとだ、茶人は答えた。
「よきものを見せてもらいました」
「そういうことじゃ、殿はやたら怒る恐ろしい方というが」
「そうではありませんな」
「そうなのだじゃ、御主もわかってくれたならよい」
佐々にしてもというのだ。
「ではこのこと、覚えておいてもらいたい」
「さすれば」
茶人は佐々の言葉に笑顔で頷いた、そしてだった。
彼は岐阜に戻ってからこの話を人に話した、そうして信長の真の姿を人々に伝えたのだった。何故佐々が信長に忠義を尽くすのかも。
黒母衣 完
2015・5・21
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