第三章
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「その時はな」
「左様でありますか」
「よき茶じゃ、内蔵助の知り合いの茶人じゃな」
「はい、そうです」
「内蔵助はよき知り合いを持っておるわ」
信長は茶人にこうも言った、そうしてだった。
佐々は自分のところに戻って来た彼にだ、笑って言った。
「わしの言った通りであろう」
「はい、恐ろしい方ではなく」
「あれでな、明るくてじゃ」
「裏表のない方なのですな」
「だからわしも惚れておるのじゃ」
「上総之介様にですな」
「そうじゃ、これで殿のことがわかったであろう」
佐々は茶人に誇らしげな声で応えた、そしてだった。
鷹狩りを終えた一行は意気揚々として岐阜の城まで戻るのだった、だがその途中の村でだ。村の老夫婦がだ。
季節外れの桜の木のところにいた、そしてだった。
灰を入れた壺を持ってだった。その灰を手に持って桜の木にかけようとしていた。信長はその夫婦を見て彼等に問うた。
「桜の木に灰をかけるのか」
「はい、そうです」
翁が信長に答えた。
「これより」
「そんなことをして何になるのじゃ」
「実は飼っていた犬が寿命で死んだのですが」
「ふむ、それは気の毒じゃな」
「まあ十五年生きたので」
それだけ生きたからとだ、翁は老婆を横に置いて信長に語った。
「天寿です」
「しかし悲しい気持ちはな」
「どうしてもあります」
「そういうものじゃ、親しい者が死ねばそれが年老いていようと犬でもな」
それでもとだ、信長は馬上でしんみりとして述べた。
「悲しいものじゃ」
「そしてその犬の骸を焼いて骨は埋めたのですが」
「それが犬の灰じゃな」
「そうです、この灰は川に捨てようと思っていましたがその前の日に枕元で犬が夢に出てきまして」
翁は信長に自身が見た夢についても話した。
「灰は桜に撒いてくれと言ってきました」
「私の夢にも出てきました」
老婆も信長に話した。
「二人共同じ夢を見るのはなきこと、これはと思いまして」
「それで今から灰を撒きます」
その犬の骸だった灰をというのだ。
「そうします」
「これより」
「そこにわしが通ったという訳じゃな」
「左様です」
「その通りです」
老夫婦は信長にも答えたのだった。
「何でしたら後で撒きますので」
「お殿様はお通り下さい」
「いや、その灰を桜に撒けばどうなるのか見たくなった」
信長は老夫婦を咎めず笑顔で返した。
「だからな、わしの目の前で撒いてくれるか」
「わかりました、では」
「これより」
「うむ、桜といえば花じゃ」
桜の花、それだというのだ。
「それが若しも咲けば御主達に褒美をやろう」
「何と、褒美をですか」
「殿様が下さるのですか」
「咲けばな。咲かねば何もない」
その時はというのだ。
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