虎と龍の舞う終端
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悪龍の策だとも知らずに、家族は男に話して聞かせた。
虎の親を殺したのは確かに龍だが……攻めて来なければそもそも殺す必要さえ無かったのだ。怨まれる筋合いなど欠片も無い……と男も家族も考えていた。
部外者達から見れば、憎しみの感情など他人事でしか無く、自身の親しいモノの方が大切に決まっている。故に護衛兵の家族も男も虎を憎んだ。
――何が乱世……我らの土地は平穏だったのだ。龍に守護されし荊州は、虎の庇護など求めていない。お前らの怒りなど、自分で撒いた種が華を咲かせただけであろうに。
燃える心は業火の如く。理不尽にさらされているのは自分達だと、その兵士は思う。
下衆に堕ちた同僚たちは死ねばいいと彼は思うが、せめて自分だけは本当の荊州兵として目的を果たさんと決めていた。
飛将軍がコロシテくれれば良かった。しかし結果は目に見えた。それなら、隙があるうちに自分が殺せばいい。
――武人は一騎打ちをしたがるが、俺ら兵隊に一騎打ちなんざねぇんだ。いつでも死んじまう俺らと、お前らの何が違うっ
戦場は平等なはずだろうにと、その兵士は思う。命の重さが違うというのなら、兵士は殺されるだけの餌でしかなくなる。
――俺達は頭数じゃねぇ……俺達は駒じゃねぇっ……俺達は……戦う理由があって命張って仕事しに来てんだよ!
彼の心に罪悪感は無く、“孫呉”という、彼にとっての理不尽に抗うことだけが全て。
言い換えよう。
雪蓮が呂奉先という怪物に勝つことを目的としたように、彼は孫策を殺すことだけを目的としている。
不意に雪蓮と男の目が合った。蒼色の瞳は透き通っていて、口に浮かべた微笑みは優しげにたおやかに。
死を享受したモノの眼差しを覗き込んで、男の心にあった、最後の枷が外された。
ギリ、と歯を噛みしめた隙間から、苦悩に塗れた声を漏らす。
「孫呉、死すべし。龍の……俺達の……荊州の、想いの矢で死に腐れ」
飛将軍に向けられた剣が遂に動いた。
風を切り裂いて突き立った一本の矢は、肉を抉って骨まで届く。
深く、深く届いた矢の先に、望まれた平穏はあるのだと彼は思った。
赤い髪が揺れていた。
遠くで二人の女の絶叫が聴こえた。
これできっと届いた。
確かに、間違いなく、自分は矢を放った。
確認はもう出来ないが、それでも届いたはずなのだ。
「へ……へへ……これでいい。これで……なぁ。
父ちゃんな、荊州を喰いに来る虎を一匹……殺したぜ」
何処にでもいる普通の男が、天を仰いで地に伏した。
誰も気付くことなく、そこらに倒れている死体と変わらず、彼は戦場の有象無象の一つとなった。
名は誰も知らない。知る事もきっと無い。
仰いだ空は蒼天だった。
何処までも
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