16部分:第十六章
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第十六章
「おかげで」
「お酒というものはね」
またその彼に対して語ってみせたのだった。
「美味しく飲むものよ」
「美味しくですか」
「そうよ。美味しく飲むものよ」
これは沙耶香の考えだった。彼女は酒を愛している。色と同じだけ愛している。だがそこにはこうした考えが存在しているのである。
そしてその考えによってだ。今言うのだ。
「美味しくね」
「それはわかっていましたが」
「これからは美味しく飲めるわね」
「ええ、それは」
このことについてはというのである。間違いないというのだ。返答も明るいものだった。
「本当に。突然のことですが」
「因果は断ち切られたわ」
沙耶香はまたこの言葉を出してみせた。
「これでもうね」
「恐れることはないですか」
「そうよ。安心して奥さんと二人でね」
「できればあいつをここに呼びたいのですが」
「ふふふ、流石にそれは無理ね」
目元と口元を僅かに綻ばさせての微笑みだった。
「貴方にとっては残念だけれど」
「それはまた今度ですか」
「そうすればいいわ。それじゃあね」
「はい、それでは」
「また機会があれば会いましょう」
こう言って彼に別れを告げた。彼はそのまま船内に戻っていく。一人になった沙耶香だったがその前にだ。もう一人の沙耶香が出て来た。そうして彼女自身に対して言ってきたのである。
「終わったわ」
「ええ、わかってるわ」
沙耶香は微笑んで彼女自身の言葉に応えた。
「それはよくね」
「そう、やはりね」
「私自身がしたことでわからない筈はないわね」
「その通りね。それで向こうの因果は」
「これよ」
もう一人の沙耶香は右手からあるものを出してきた。それは禍々しく曲がった瞳のない人の首だった。闇の中にそれを転がして言ってみせたのである。
「呆気無かったわ」
「それが因果だったのね」
「弟さんを殺し、そしてあの奥さんも殺そうとしたね」
「二人についていた因果はこれで消えたのね」
「ええ、これでね」
自分自身の言葉に応えて頷く沙耶香だった。
「完全にね」
「わかったわ。それじゃあ」
「私はこれで戻るわ」
「有り難う。それじゃあ」
もう一人の沙耶香はすっと前に出て来た。そのうえで自分自身の唇に己の唇を合わせるとであった。まるで霧の如く消え去ってしまったのだった。
一人に戻った沙耶香はすぐに船の中に戻った。そのうえでふと立ち寄った場所は。
医務室であった。そこに入るとだ。一人の女医がいた。
白衣の下に黒いタイトのミニスカートとセーターという格好である。脚は素足ではなく黒いストッキングに覆われている。髪は長い腰まであるものを後ろでくくっている。左目の目尻にある黒子は泣き黒子であった。胸の大きさも目立ち紅の大きめの唇
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