5部分:第五章
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第五章
「あれはロシアの寒さを考えてだったわね」
「それまで御存知だったのですか」
「ええ」
そうだというのであった。やはり沙耶香は知っているのであった。
「そうよ。一度に出しては冷えるから。それがロシアからフランスに逆輸入された形になったのね」
「お見事です」
館員はそこまで聞いて思わず唸って沙耶香に述べてきた。
「そこまで御存知だとは」
「日本では知っている人は多いわ」
ここでも声に笑みを含ませてみせて言葉を出したのであった。
「この話はね」
「そうなのですか」
「驚いたかしら」
顔は見ていない。しかしその声から今後ろの館員がどういった表情をしているのか。それを見抜いてこう言ってみせたのである。
「そのことに」
「いえ、それは」
「隠す必要はないわ」
ここでも彼の考えを見抜いてみせてそのうえで述べる。
「日本人が知っているとは思っていなかったわね」
「申し訳ありません」
見抜かれているとわかっては隠すことは無理だった。彼もそれを認めてきたのであった。
そうしてそのうえでだった。今の言葉を沙耶香に対して述べたのであった。
「そこまで御存知だったとは」
「それは覚えておくことよ」
声に笑みを含ませた言葉は続く。
「よくね」
「わかりました」
「そして」
沙耶香はさらに言ってきた。
「今夜の舞台だけれど」
「はい」
「真珠採りだったわね」
そう問うてみせたのである。
「ビゼーの」
「はい、そうです」
「楽しみね」
声にまた笑みが宿った。また別の楽しみを見出している笑みであった。
「それはまた」
「はい、御期待下さい」
館員の言葉の色は謝罪から誇りになっていた。
「我がバスティーユの舞台を」
「ええ。料理もワインもそうだけれど」
目の前に置かれているその御馳走とワインのことは忘れてはいなかった。この辺りは決して忘れることのない沙耶香であった。
「歌も演奏も舞台も」
「全てをですか」
「楽しませてもらうわ」
まだあげられていないその幕を見ながらの言葉である。
「よくね」
「それでは」
「ええ。それではね」
指揮者が出て来た。その時観客席から拍手が起こる。沙耶香もその中で見守っていた。
そのうえでゆっくりと食事を採りながら舞台がはじまっていくのを見守っていく。今舞台がはじまり沙耶香は音楽と陶酔の世界に入った。
それが終わった時だった。カーテンコールを見る沙耶香の後ろにあの館員がやって来た。そのうえで彼女に対して問うてきた。
「如何だったでしょうか」
「流石ね」
彼の方を振り向かず声だけで告げた言葉だ。
「名前だけはあるわ」
「それは何についてでしょうか」
「全てよ」
一言言ってみせた。
「全てよ。全て
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