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東京百物語
カミテにいる女
五本目★
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そちらに向かおうとしたが、ふと踵を返した。



「あれ、日紅、あっちだよ」



 すぐさま坂田が気づいて声をかけるが、日紅は大丈夫と言う風に手を振る。



「バケツ、あそこに置いちゃったから、持ってくね!」



「あ、ありがとう」



 皆は使っていた掃除道具を、当然のことながらちゃんと持って集まっているのだ。ダマされて連れてこられたとはいえ、部員でもない日紅が堂々と掃除道具を放置してて良いわけがない。しかし、かと言ってそのために待たせるのも申し訳がない。急がなければ。



 日紅は小走りで舞台上を移動する。目当てのバケツは、皆が集合しているのとは反対側の、大きく天井から垂れ下がった袖幕の手前にあった。



 日紅は塗装もされていない銀のバケツをろくに目視もせずに持つと、振り返った。その時だった。



(…コーーーン…)



 視界の右端を何かがすり抜けた。上から下に。



 日紅は何度か瞬きをすると、冷静に今何が起きたのか理解しようとした。



 足元を見る。ベージュ色の床が広がる。さっき掃除して綺麗にしたはずの、その、上に、一点、灰色のものが落ちていた。



 それは小指の先ほどの石だった。



 日紅は上を見上げた。ビロードのようなワインレッドの袖幕が呑み込まれそうな大きさで天井から足元まで垂れ下がっている。舞台の上、端から端まで長い銀のポールを何本も通してある。それに赤や緑と言ったカラフルな色の、セルと呼ぶビニールが取り付けられた照明がぶら下がる。天井近くには、更に銀の網で形作られた頑丈な足場がある。だから、人があそこまでいくことはできるのだ。現に日紅は掃除中、坂田に「あの子照明担当なんだ」と教えてもらった男の人がその足場の上を行き来しているのを見ていた。でも、今はがらんとしたコンクリートの天井が見えるだけでそこには人影などない。誰一人いない。



 誰も、いないのだ。



「ちょっと、日紅ー?」



 訝しげな声が遠くからかけられて、日紅はやっと我に返った。



「もうあんた待ちだよ?はやくきなよ!」



「あ、ごめん―…」



 日紅は無理矢理視線をそこから剥がした。何をどう、考えていいかわからない。ただ、上から石が落ちてきただけ、そう、たったそれだけのこと、なんだ―…。



「あ、バケツとってきてくれたの?ありがとう。そんなの後でよかったのに」



 部長は申し訳なさそうに日紅からバケツと雑巾を受け取ると、にこりと笑ってくれる。日紅も微笑み返す。しかしそれは大分力ないものだと自分で分かっていた。頭
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