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東京百物語
カミテにいる女
五本目★
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「みんないるー?」



「はーい」



 動きやすい格好をした十人ほどの面々は、思い思いに返事をかえす。その声は、早蕨(サワラビ)と名の付く広い講堂に反響する。



「よーし。バケツはここ。雑巾はそっち。じゃあ、二時間がんばりましょ〜よーい、スタート!」



 部長のその声と一緒に、ばらばらに動き出す人の間で、一人だけ雑巾を握りしめ仁王立ちしている者がいた。



「さ〜っちゃ〜ん!?」



 山下日紅(ひべに)、その人である。



「あ、ほら、山下。あんたのバケツはそこ…」



「ねぇ、演劇部の見学、させてくれるって話だったよね!?け、ん、が、く!なのにどうしてあたしは見学どころか部員に交じって掃除要員として舞台の上に立っているんでしょうか!?」



「いや、アハハ〜…ほら、うち、万年人手不足じゃん?月一でいつも使ってる講堂を掃除するのはいいんだけど、やっぱ、部員だけじゃさ、いつまで経っても終わらないって言うか」



「だからってダマして連れてくるなんてヒドイっ!」



「そう怒るなって。終わったらアイスおごってあげるから、ね?」



「それならぁ〜…いいけどぉ〜…」



 唇を尖らせたまま、渋々日紅は頷いた。安い女だという自覚はある。



 四百人ほどが入れる講堂はとにかく広い。ここを高々十人程度で掃除するのだ。しかも助っ人を入れてこの人数である。二時間かけても終わる気がしない。大学にはもう一つ山吹(ヤマブキ)と言う講堂があり、そちらは千人も入れる広さだというから考えるだけでくらくらしてしまう。千里の道も一歩からだと、とにかく日紅は舞台の床に張り付いて雑巾でごしごしと擦った。床の絨毯まで赤で統一された客席、階段を上り、部員がシーリングと呼ぶ客席の上にある照明のあたり、(たく)と呼ばれる音響や照明を操作する人が使う部屋も勿論掃除の対象内だ。休んでいる暇はない。



「そういやぁさぁ〜」



 少し離れた客席を掃除する男の子が、今思い出したとばかりに口を開いた。



「ここって、デル、らしいぜ?」



「あー知ってる。あれだろ、有名な霊能力者が言ったってやつだろ?上手(かみて)の上に女がいるんだろ」



「うっわここめっちゃ綺麗になったわぁ。どこも掃除なんてしなくていいぐらい綺麗!うんすっごい綺麗!と言うわけでさっちゃんバイナラ!」



「コラ待てぇい」



 脱兎の如く逃げ出そうとした日紅はすぐ坂田に捕獲された。



「なぁにがバイナラ、よ。あんたわかりやすすぎ。今更逃がすと思う?」




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