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黒魔術師松本沙耶香 毒婦篇
2部分:第二章
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「そうね。少なくとも満足はしたわ」
 沙耶香は煙草を右手に持ってそう答えた。
「存分にね」
「言うだけはあったわ」
 紫麗は恍惚としたものが残る顔で沙耶香に述べてきた。
「それだけのものがね」
「溶けたのね」
「ええ、溶けたわ」
 本人もそれを認めてきた。
「今のでね」
「そうなの。それはいいことね」
「女は。久し振りだったわ」
 紫麗はうっとりとさえしていた。それを思い出してか闇の中で肌が少し赤らんだ。
「それで。ここまで感じるなんて」
「思いも寄らなかったのね」
「ええ、全然」
 そうまた答える。
「けれど。満足したわ」
「私はまだ満足していないわよ」
 だが沙耶香はここであえてこう言うのだった。妖しい光を彼女に向けながら。そのほどけた髪に己の裸身を半ばまで包みながら。言うのであった。
「まだね」
「あら、あれだけ燃えていたのに」
「あれはあれよ」
 楽しげに妖しい笑みを浮かべての言葉であった。
「そして今からはじまるのもまた」
「楽しむのね」
「え。また溶け合いましょう」
 半ばまで煙草を吸ったところで消した。そうして側にあるテーブルからワインを取った。ボトルは二本ある。そのうちの一本を手に取りそこにある中のものをガラスのグラスに注ぐ。注ぎ終わったところでそれを紫麗に手渡すのであった。
「貴女もどうかしら」
「ええ、頂くわ」
 紫麗もそれを受け取るのであった。そうして寝たままそれを口に含む。その豊穣な退廃の香りと味が彼女の口の中を瞬く間に支配していった。彼女はそれを一口飲み干してから言うのだった。
「貴女と同じ味がするわ」
「私と同じなのね」
「ええ、奇麗だけれど危険な味」
 ワインの味をそう評するのだった。
「そういう意味でね」
「そうなの。私はむしろ」
「むしろ?」
「ありきたりだけれどこの詩を思い出すわ」
「詩を!?」
「ええ」
 また紫麗に答えてみせてきた。
「唐代の詩だけれど」
「ワインなら。あれね」
「わかるのね」
「わかるわ」
 沙耶香の言葉にまた笑って言葉を返してみせてきた。
「葡萄の美酒夜光の杯ね」
「そうよ、その詩よ」
 沙耶香も笑ってそれを認めてみせた。
「胡蝶舞か遺壊か」
 前者は李賀の、後者は杜牧の詩だ。どちらも唐代のものである。
「私に似合うのはそういったものね」
「随分身を持ち崩しているのね」
「けれど。溺れてはいないわ」
 それでもこうは言う。
「色にも酒にもね」
「そうなの」
「溶けはしても溺れはしない」
 両者はそれぞれ違うと。あえて述べてみせてきた。
「それが私のやり方よ」
「それがなのね」
「ええ。溺れはしないのよ」
 ワインを飲んでまた述べた。
「絶対にね」
「それはいいかもね。
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