19部分:第十九章
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国のものと異国のものが混ざり合っているのもまた上海であった。沙耶香はその上海の空気もここで楽しんでいるのであった。
「ここはイギリスの租界地だったわね」
「ええ、その通りです」
マスターはカクテルを作りながら沙耶香に応えた。
「イギリス人が残していったものの一つです、ここは」
「遺産と言うべきかしら」
「さて、それはどうでしょうね」
いささかシニカルな笑いと思わせぶりな口調であった。
「イギリス人がそんなものを親切に置いていくかといえば」
「まあそれはないわね」
それは沙耶香も否定するのだった。
「毒を置いておくことはあっても。それもこっそりと」
「彼等はここから逃げ去りましたから」
マスターの言葉を借りればそうであった。
「私達はそこに入ったわけです。彼等は随分と我々に色々としてくれましたしね」
「阿片ね」
「それだけではありません。彼等はそんなに人がよくはない」
どうやらこのマスターはイギリス嫌いであるようだ。沙耶香は彼と話をしていてそれがわかった。その話を聞きながら今は中国のワインで作られたカクテルを楽しんでいるのだ。ワインにレモンジュースやシロップを入れたクラーレット=パンチである。甘いカクテルだ。
「奪うものは奪い好きなだけ謀略を仕掛け」
「そうしてふんぞり返る。それね」
「そうした連中です。まあ人間は誰もがそうでしょうが」
イギリスへの悪口が何時しか人間観になる。
「実際のところは」
「そうしないと生きていられない場合があるのも確かね」
沙耶香もそれを否定しない。そのクラーレット=パンチを右手に持って口の中に注ぎ込みながら応えるだけであった。その甘みを楽しみながらまたマスターの話を聞く。
「そういうことです。それを言ってしまえばイギリス人のしたことも許せないまでも人間がしたことだということになってしまいます」
「そうなるわね。ただ」
ここで沙耶香は言う。
「私はロンドンに行ったことがあるけれど」
「如何でした?霧の都は」
「お酒や女の子はともかく食べ物はまだ駄目ね」
そうマスターに話す。
「ホテルのものはともかく街の普通のレストランだと。ニューヨークはそれなりに楽しめるものがあったけれどロンドンは褒められなかったわ」
「イギリス人の舌は相変わらずのようですね」
マスターの笑みが今度は楽しげなものになった。
「どうにもこうにも」
「ここにもイギリス人が来るわよね」
「はい」
沙耶香の言葉に答える。
「仕事でよく」
「どうかしら、彼等の味覚は」
「お客様も実に人が悪いようで」
これだけでマスターの返事は充分であった。
「あえて言うわけもないかと」
「そう、やっぱりね」
「ただ。私達が作ればイギリスの料理も美味しくなります」
また随分
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