14部分:第十四章
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は事実であった。
「ですが。貴女は」
「ええ、仕事だからね」
また煙草を口にやって応える。
「それは任せておいて」
「それでは。私はこれで」
「そのまま行くのかしら」
一礼して姿を消そうとする男に対して問うた。
「椿だけで本当にいいのね」
「何分欲がない性格でした」
しかし沙耶香の問いに穏やかに笑ってこう述べるだけであった。
「それで結構です」
「そう。そちらの世界にいるにしては珍しいわね」
「それで今まで生きてこられました。今までは」
「ええ。そういうことね」
「はい、それではこれで」
最後にまた一礼して姿を消す。だが最後に一言沙耶香に対して言葉を置いていった。
「最後のお別れを」
「また。生まれ変わってね」
沙耶香は自分の前から姿を消してそのまま死の世界に向かう男に最後の言葉を贈った。結局彼女が彼の最期に贈ったものは椿とこの言葉であった。しかしそれが男にとっては最高の贈り物となったのであった。沙耶香はそれを感じてまずは満足していた。
満足しながら上海の空と海、高層ビルを眺める。青と白の世界がそこにある。それ自体は美麗と言ってもよかった。清らかな二色の世界だ。しかし沙耶香が見ているそこには微妙に黒いものが全体にかかっていた。しかし彼女はその黒を平然と受け入れていたのであった。
「黒があるのならそれはそれで構わないわ」
風を右から感じ煙草を咥えながら呟く。
「ならその黒を消し去ればいいだけだから」
そう言いながら煙草を吸い上海を眺めていた。これから起こる出来事に彼女なりに思いを馳せながら。今は煙草と景色を楽しむのであった。
その日の昼はまたしてもレストランに入った。観光のガイドブックでもよく紹介されている有名な店である。彼女はそこを選んであえて入ったのである。お目当ては上海料理である。
「いらっしゃいませ」
「席は空いているかしら」
出迎えてきた白い中華服の店員に対して問う。若く奇麗な娘であった。チャイナドレスだが下には黒いズボンを穿いている。これがまた非常に中国的であった。
「どのようなお席ですか?」
「そうね。店の奥がいいわ」
その時の気分で述べる。
「それでいいかしら」
「わかりました。ところで」
「何かしら」
沙耶香は自分に問うてきた店員の言葉に応える。
「お客様は御予約はされていませんね」
「ええ、それはしない主義なの」
うっすらと笑って店員に答える。
「空いていなかったらそれでいいけれど」
「左様ですか。幸いにして」
「空いているね」
「はい、どうぞこちらへ」
彼女が案内役をする。そうして清代を思わせる内装の店内を進みながら店の奥に入る。そこは特別にしつらえたと思われる一室であった。沙耶香が案内されたのはその部屋であった。
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