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バリトン
第三章

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「まだ僕は行くよ」
「その先に」
「そうなんだね」
「モーツァルトにロッシーニだけじゃない」
 彼は言った。
「今度はベルリーニも歌うしビゼーも歌うよ」
「というとカルメンの」
「闘牛士も歌うのか」
「それも決まったよ」
 こう話すのだった、周りに。
「これから楽しみだよ」
「闘牛士の歌を歌うか」
「そして闘牛士の服も着るんだな」
「それはいい」
「絶対に似合うぞ」
「あの役はバリトンの役だよ」
 まさにとだ、ゴンドールノ自身実に楽しみにしている顔だった。
「それも最高のね」
「そうか、あの役も歌うのか」
「何かどんどん役が増えていくな」
「凄いことになっているな」
「歌手として」
「そうしていくよ、これからもね」
 彼はまだまだ高みを目指していた、それはバリトンがテノールと同じだけ素晴らしいものだということをである。
 それでだ、カルメンも歌ってだ。
 そこからだ、さらにだった。
 彼は自分のマネージャー達にだ、こう言った。
「プッチーニも歌ったし」
「ラ=ボエームだね」
「マルチェッロを歌ったね」
「そう、して次はプッチーニの中でも」
 その言葉はというと。
「西部の娘のジャック=ランスに」
「保安官か」
「それになるか」
「そしてね」
 さらにというのだ。
「トスカにも出るよ」
「スカルピアか」
「悪役も歌うのかい」
「歌うよ」
 歌劇においての稀代の悪役だ、今度はその役をというのだ。
「それをね」
「今度は悪役か、正真正銘の」
「その役を歌うか」
「やるんだな、その役も」
「これまでしなかった役も」
「やるよ」
 強い言葉でだ、ゴンドールノは言った。
「絶対に」
「悪役までするなんてな」
「この前はいい役を歌ったのに」
 そのいい役とは。
「ジェルモンな」
「椿姫の」
 テノールであるアルフレードの父親だ、確かに娼婦であるヒロインヴィオレッタを咎め二人の仲を引き裂く立場にある、だが公平で優しく思いやりのあるよき父親だ。
「それですぐにか」
「スカルピアを歌うんだな」
「あの強烈な悪役になる」
「また凄いな」
「楽しみだよ」
 そのスカルピアを演じることがというのだ。
「最高のスカルピアをやるよ」
「最高のか」
「これまでのスカルピア以上のか」
「それだけの役になるのか」
「そのつもりか」
「うん、なるよ」
 このことを約束するのだった、周囲に。
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