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バリトン
第一章

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                        バリトン
 エーリオット=チェザーレ=ゴンドールノは歌手だ、その声域はバリトンだ。
 最初バリトンと言われた時に周囲にこう言われた。
「残念だな」
「折角歌がいいのに」
「その容姿はテノールだろう」
「背が高くて舞台映えするというのに」
「スタイルもいいのに」
 しかしというのだ。
「バリトンか」
「バリトンなんてな」
「バリトンだとはな」
「本当に残念だよ」
「あれっ、そうかい?」
 だがゴンドール自身はだ。
 その褐色の目を瞬かせてだった、そのうえで言うのだった。
「僕はいいと思うけれどね」
「バリトンで?」
「バリトンでなのか」
「それでもいいのか?」
「バリトンで」
「バリトンは」
 周囲の一人がここでこうも言った。
「どうしてもな」
「そうだよ、声域が低くて」
 他の面々も続いた、その彼に。
「主役なんて殆どなくて」
「脇役ばかりじゃないか」
「合唱でもテノールが目立っているだろ」
「歌劇だと特に」
 歌手、クラシックのそれが歌う舞台ではというと。
「もうそれこそ」
「脇役しかないぞ」
「そうだ、脇役しかない」
「主役なんて殆どないじゃないか」
「主役はテノールだ」
 歌劇の殆どでというのだ、歌劇はおおむねテノールとソプラノが主役になるから周囲もそれを彼に言うのだ。
「バリトンは脇役ばかりじゃないか」
「それで残念じゃないっていうのか?」
「それはないだろう」
「強がりなのか?」
「そうした強がりは」
「いやいや、確かにテノールは主役が多いよ」
 ゴンドールは奇麗に整えている黒髪を右手でかき上げもした、そうしつつ言うのだった。
「けれどそういうのじゃなくてね」
「そういうのじゃない?」
「っていうと?」
「バリトンでもいい?」
「そう言うのかい?」
「いいよ」
 別にとだ、彼は言うのだった。
「僕はね」
「本当にいいのかい」
「バリトンで」
「それはまたどうして」
「脇役ばかりでも」
「わかるよ」
 これが彼の返答だった。
「これからの僕を観ていればね」
「これからの?」
「これからのあんたを?」
「見ろっていうのかい」
「バリトン歌手の貴方を」
「そうすればいいの」
「テノールは確かに素晴らしいけれど」
 それでもというのだ。
「バリトンも同じだけ素晴らしいからね」
「そうなのかな」
「バリトンもいい」
「本当に?」
「それを見せてくれるのかい」
「僕は自分の歌と演技には自信がある」
 相当なものがというのだ。
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