第二章
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「絶対にな」
「僕船のことは知らないけれど」
「確かに普通はな」
「艫綱を下ろすんだね」
「ああ、そうする」
実際にというのだ。
「本当はな、けれどここはそれはしない」
「どうして錨だけなの?」
「来るからだ」
その強張った顔のままでだ、祖父は彼に言った。
「あいつがな」
「あいつが?」
「磯女がな。知ってるか」
「磯女?」
「妖怪だ、海の中にいる女の化けものでな」
「化けものって」
「いる、化けものはいないって思わないことだ」
決してという言葉だった。
「あいつ等は世の中に確かにいるんだ」
「学校の先生はいないって言ってたけれど」
「学校の先生がいつも正しい訳じゃないんだ」
祖父は腕を組み険しい顔になってこうも言った。
「間違ってることを言う時もある」
「そうなんだ」
「このことはおいおいわかるからな、とにかくな」
「化けものはいるんだ」
「ああ、そしてその磯女はな」
この妖怪についてもだ、祖父は彼に話した。
「普段は海の中にいる、大層奇麗な女の姿をしているらしいが腰から下は人間だの蛇だの魚だの見えないだの言われてる」
「腰から下ははっきりしていないんだ」
「九州のあちこちに出て来てな」
「この天草にもなんだ」
「出て来る、そしてな」
祖父はここでこう言ったのだった。
「艫綱を伝ってな。夜に港に泊まってる船に登って来るんだ」
「船に」
「それで船の中で寝ている人の血を吸って殺してしまうんだ」
「吸血鬼なんだ」
「ああ、そいつが来るからな」
「ここでは船の艫綱を下ろさないんだ」
「錨だけにしているんだ」
船を停める必要があるからだ、このことは忘れていなかった。
しかしだ、それでもというのだ。
「艫綱は絶対に下ろさない」
「ここではそうなんだ」
「他の場所は違うけれどな」
しかし天草では、というのだ。
「そうしている」
「それ本当のこと?」
「やっぱりそう言ったな、俺が子供の頃の話だ」
ここでだ、祖父は彼に言ったのだった。
「昭和のな、戦争が終わって少し経った頃か」
「その頃なんだ」
「四国か山口から来た何も知らない奴がここの人間が止めるのも聞かないで艫綱も下ろして停めてな」
「それでどうなったの?」
「そのまま船の中で寝てな」
「まさかと思うけれど」
「次の日の朝全員死んでたんだ、恐ろしい顔で身体中の血を抜かれてな」
そうなったというのだ。
「わかるな」
「磯女にやられたんだ」
「事故ってことで話は終わったがな」
「磯女は本当にいるんだ」
「磯女は昼の間は海の奥深くにいて絶対に出て来ない」
「夜になんだ」
「艫綱を伝って出て来るんだ、他の場所じゃ岸に出たりもするらしいな」
祖父は天草以外の場所のこともだ、
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