第一章
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磯女
室生敬三は大阪のある工場で働いている、その彼の同僚に鉄砲塚義彦という者がいる。背が高くすらりとしていて眉の太い青年だ。目元は穏やかで表情も優しい。小柄で太っており眉の細い室生とは正反対の外見だ。
室生はその鉄砲塚とよく一緒に作業をして食事を食い酒を飲んだ。相当に親しい間柄だ。その彼がある日仕事帰りに阪神線のある居酒屋で二人で飲んでいる時に話した。
丁渡二人は二人用の席で向かい合って座って焼酎やビールで焼き鳥を楽しんでいた。店は和風で二人の他にも十人位客がいる。
その中でだ、彼は室生に言ったのだ。
「実は僕九州の生まれでね」
「へえ、そうだったのか」
「ああ、小学三年の頃にこっちに引っ越してきたんだよ」
「それで鶏肉好きなのか?」
博多といえば鶏肉なのでだ、室生は言った。
「よく焼き鳥食べてるけれどな」
「あっ、博多じゃないから」
そのことはだ、鉄砲塚ははっきりと否定した。
「僕の生まれは」
「じゃあ九州の何処なんだ?」
「熊本だよ。熊本の天草なんだ」
「ああ、肥後もっこすだったんだな」
「実はね。それで海がね」
「海が?」
「大阪も海が傍にあるじゃない」
西に瀬戸内海が広がっている、大阪はその海と川から栄えた街だ。
「住之江とか行ったらボートレースもやってるし」
「ああ、あれな」
「とにかく海が近いじゃない」
焼き鳥を食べつつ室生に言うのだった。
「もうすぐそこに。だから怖かったんだよね」
「怖い?」
「そうそう、海がね」
そこが、というのだ。
「昼は怖くないけれど夜の海がね」
「夜の海で怖い、か」
そう言われてだ、室生は首を傾げさせた。そのうえで鉄砲塚に問い返した。
「南港か?夜はあそこにはヤクザ屋さんがいてな」
「人を沈めてるっていうんだね」
「だから怖いっていうけれどな」
「違うんだ、それがね」
「っていうと?」
「ちょっと話すよ」
鉄砲塚はあらたまった顔になって室生に話をはじめた。その話は彼が幼い頃のことであった。
鉄砲塚は子供の頃天草の港のところに住んでいた、そこでいつも漁をして行き帰りをする船と人達を見ていた。
彼はずっとその船も人達も変に思わなかった、だが。
ある観光客達がだ、丁渡港のところで友達と遊んでいた彼の傍でこんなことを言っていたのを聞いたのだ。
「何かこの港変だな」
「ああ、船が停泊しててもな」
「錨は下ろしてもな」
「艫綱は下ろしてないぞ」
「普通はどっちも下ろすだろ」
「何で艫綱も下ろさないんだ?」
こう話していて首を傾げさせていた。
「何かあるのか?」
「艫綱を下ろさない理由が」
「確かに錨だけで何とかなるにしても」
「どの船もそうしていてな」
「おか
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