1部分:第一章
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ンでよくあるコックニーの訛りでも東洋的な独特の癖もなかった。綺麗なイングランドの英語であった。まるで貴族が使うような。それがかえってこの場には不釣合いですらあった。
「女の人と遊ぶお店でしょう?」
すっと笑ってこう述べた。そして横目で椅子に座る女性達を見ていた。
「それとも私が遊んじゃ駄目なのかしら」
「いいや」
中年の男はその問いに対してゆっくりと首を横に振った。
「うちはそうしたことには無頓着でね。男でも女でも歓迎さ」
「よかったわ」
彼女はそれを聞いて頷いた。そして懐から何かを取り出した。
財布であった。そしてそこから札束を取り出した。それを男の前に出した後でこう言った。
「暫く休みたいわ。女の子は二人」
「二人」
「部屋は一番いい部屋を。ロイヤル=スイートとでもいうのかしら」
「ああ、そうだよ」
男は笑って頷いた。
「このホテルはこれでもさる貴族の方が持ち主でね」
「面白い貴族様だこと」
「その方が経営しておられるんだ。名前は出せないがね」
「聞くとどうなるのかしら」
「さて」
男は肩をすくめてみせた。
「あんたはテムズ河で泳ぎたいかね?」
「水泳は好きじゃないわよ」
笑いながらこう返した。
「生憎と」
「それじゃあ聞かない方がいい。わかったかね」
「ええ、よく」
彼女はまた笑った。そして男に対してこう述べた。
「女の子は金髪の娘と茶色の娘を一人ずつ」
「あいよ」
「可愛い娘をね。いいかしら」
「うちは女の子には五月蝿くてね。可愛い娘ばかりだよ」
「本当かしら」
「少なくともこれだけ出してくれる御客様には嘘は言わないよ」
男は相変わらず笑ったままであった。
「これだけあったら釣りに困っちまう位だ」
「お釣りはいらないわよ」
だが彼女はお釣りは断った。
「それはまたどうして」
「チップよ。貴方と女の子達のね。その分こちらも楽しませてもらうわ」
「気前がいいね」
「明日どうかるかすらわからないもの。気前よくいかないとね」
その笑みが妖艶なものとなった。まるでこれからのことに思いを馳せたかのように。
「それじゃあキーをお願い」
「はいよ」
男はそれに応え部屋の鍵を彼女に手渡した。
「ごゆっくり」
「楽しまさせてもらうわ」
そう言って彼女はホテルの奥へと消えていった。そして束の間の宴に入ったのであった。
彼女がそのホテルを後にした時にはもう真夜中になっていた。ロンドンは霧に覆われていた。
「夜になっても霧が出るのね」
彼女はそれを見て呟いた。別に夜であろうとなかろうと霧は出る。だが彼女にはそれが如何にもロンドンらしいと思えたのである。
その霧の深い夜の街を歩く。カツーーーン、カツーーーンと皮の靴の響きが夜の闇の中に聞こえる。
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