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支え
4部分:第四章
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「けれどね。今も何とか生きているわね、ここで」
「はい」
「それはどうしてだと思う?」
「忠行様がおられるからですか」
「そうよ」
 そしてこう言った。
「だから私は今まで生きてこられたの。そして」
 言葉を続けた。
「これからも。だからね」
 再び女中に顔を向けた。
「貴女も。誰かを好きになればいいわ」
「はあ」
 そうは言われてもすぐにはできない。頷くしかなかった。
 部屋を後にした。しかしまだよくわからなかった。今の彼女にとってはこれからどうなるかだけで不安であった。誰かを好きになることなぞできそうにもなかった。潤子は無理を言っているとさえ思えた。
(お嬢様はどうしてあのようなことを)
 そう思っていた。思いながら歩いていた。歩きながら考えてはいたが答えなぞ出る筈もない。不安な心に今度は戸惑いの色が混ざっただけであった。それが複雑に絡みあったまま時間がまた過ぎた。
 やがて日本は正式に降伏し、そして連合軍が日本にやって来た。俗に言う進駐軍である。
 街には甘いものに餓えていた子供達がアメリカ軍に甘いものをねだる光景がよく見られるようになった。その隣には日本人の女達がいた。かって兵士だった男達はそれを見て悪態をついた。
「強い者が結局いいのかよ」
「それでも日本の女か。大和撫子か」
 しかし女中はそれを批判する気にはなれなかった。彼女は女であるせいかそのアメリカ軍の側にいる女達の気持ちが少しだがわかる気がしたのである。
 彼女達の多くはこの戦争で父や夫、そして兄弟を亡くしている。全てを失ったのである。そしてそんな女が生きていくにはどうすれば。答えは一つしかなかった。彼女も生きなくてはならないのだ。その為にどれだけ罵られようと。何もなければそうして生きていくしかないのもまた現実であった。
「好きな人がいなくなったからさ」
 ある日道の端で酔ってそう喚いているそうした女を見た。
「聞いてる?あたしはねえ、戦争で亭主をなくしたんだよ」
 それまでは普通の家庭の人だったのだろう。そして優しい妻だったのだろう。だが今はそんな時があったようにはとても思えない程であった。派手な格好を作って安い酒を飲んでいる。酔えるだけが取り得の安い酒だ。運が悪ければ少し飲んだだけで死んでしまう。とんでもない酒であった。だがそれでも飲まずにはいられない時もあるのだろう。
「それでね、今こうやっているのさ。それのどこが悪いんだよ」
「あんた飲み過ぎだよ」
 仲間の女達がそれを窘める。その仲間達も彼女と同じような格好をしている。彼女達もまた同じ様な境遇であろう。失ってしまったのだ。女中はそれを黙って見ていた。
「いいんだよ、どれだけ飲んでも」 
 彼女は地面に倒れこんでそう言った。
「あたしなんていなくなっても誰も悲しまな
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