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逆さの砂時計
クロスツェル
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その魂と器を寄越せ。アリアの鍵よ!』

 自分が何を言っているのか解らない。
 ただ一つだけ理解できたのは。
 この自分の言葉を受け入れれば楽になれる、ということだ。

 クロスツェルは、そのささやきに……頷いた。

『契約は成された。永遠の闇に眠れ、哀れな神父クロスツェル』

 祈りを捧げるように。
 あるいは、安らかな眠りへと誘われていくかのように。
 静かにうつむいて目蓋を閉じたクロスツェル。
 その胸を、水面から伸びたもう一人のクロスツェルの腕が貫いた。



 クロスツェルの意識は途切れた。
 もはや、この世界にクロスツェルという名の愚かな神父は存在しない。
 女神に仕え、女神を愛した敬虔なる一人のバカな男は。
 悪魔に魂を喰われて消滅した。

 さて、苦しみからの解放という契約を遂行しようか。
 女神が微笑んだ相手を消し去り、次は女神を……

「……なんだ、コレは」

 立ち上がったクロスツェルの両目から、水滴が溢れて零れ落ちた。
 それが涙だと知覚した途端、胸の奥が急に締めつけられる。

「クロスツェル? お前、またそんな所に入ってんのかよ」

 背後から聞こえてきた、それはクロスツェルを苦しめた女の声。
 悪魔を封じた、憎い女神の声。

「早く出て来いよ。本当に風邪引いても、私の力じゃ治せないぞ」

 苦笑いを浮かべる女に振り返って……
 湧き上がった衝動が人間の物なのか、悪魔の物なのか。
 判別できなかった。
 心臓が踊る。
 血が騒ぐ。
 触れたい。
 抱き締めたい。
 無理矢理引き裂いて、声が出なくなるまで喘がせて、涙の一滴も逃さず、女の全部を喰い尽くしたい。
 女が、アリアが、ロザリアが、欲しい。

 ……だが、まだ喰らわない。
 女神が悪魔に施した封印は、完全には解けていないのだ。
 現時点で、何の策もなく女神に手を下すのは難しい。

「そう、ですね」

 悪魔はクロスツェルのフリで笑う。

 水を蹴って池から出れば、女が背中を軽く叩いた。
 神父の顔に残ってる涙を気にしているらしい。
 くだらないことに目が行くものだ。

 さて、復活の宴の準備を始めようか。
 お前の愛も、お前のこの体で叶えてやろう、神父クロスツェル。

 だからもう、心臓を引き裂くようなその叫びは、やめてくれ。

「行きましょうか、ロザリア」

 胸を穿つ鋭い痛みを隠して。
 悪魔はロザリアに優しく微笑んだ。


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