存在しない男
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今度はわかり易いヒントだろうな」
「はい」
彼は答えた。
「そのものズバリ、です」
「ズバリ、か」
「はい」
ここで頷いた。
「ではそのヒントは」
「十字です」
「十字」
それを聞いた編集長の顔色が変わってきた。
「サービスでもう一つヒントです」
「うむ」
もう編集長はここで彼が何を言うかわかっていた。それを待っていた。
「赤と黒、です」
「よくわかった」
そしてそれを聞いて深々と頷いた。
「彼だな」
「はい。髭はありませんでしたが」
彼はそう答えた。
「あの時死んだと誰もが思ったがな」
「逃げ延びたのでしょう。悪運強く」
「小説ではよくある話だ」
「ですがこれは現実です」
「そう、現実だ」
編集長はここで言った。
「これは現実なのだ。わかるな」
「だからこそ私はニュースだと申し上げたのです」
彼もそう返した。
「わかっているな」
「これでもジャーナリストの端くれですから」
「雇った価値がある。それでは君が次にとるべき行動はわかるな」
「はい」
彼は答えた。
「よし。ではすぐに記事の執筆にかかってくれ。大至急だ」
「わかりました」
こうして次の日センセーショナルな記事がその新聞に載った。あの男が生きていたというのだ。
『本誌の記者○○が先日マドリードに向かう駅で出会った男のことである』
記事はそれからはじまっていた。
『彼が出会った修道僧であるが』
そしてこう続く。記事に載っているのは誰もが知っている死んだ筈のあの男のことであった。
『彼は生きている。そして今このスペインにいるのだ』
これでその記事は終わった。だがそれで充分であった。
その日のその新聞は飛ぶように売れた。そして編集部にも電話や手紙が殺到するようになった。
「見たまえ、これを」
編集長は鳴り響く電話と手紙の山を書いた本人である彼に見せてこう言った。
「君のおかげでこの有様だよ。よくやってくれた」
「有り難うございます」
それを見てまんざらではなかった。にこりと微笑み返した。
「私も会った時はまさかと思いましたよ」
「だろうな。わしなんか会っただけでひっくり返りそうだ」
編集長はそう言葉を返した。
「ひっくり返ったらそのまま立ち上がれなくなるな、この腹のせいで」
そう言いながら自分の腹をさする。見事な太鼓腹であった。
「そうなったら君のせいだぞ」
「どうして私のせいなんですか」
「いやもしかだ」
編集長は笑いながら言う。
「ここに彼が怒ってやって来るかも知れないじゃないか」
「まさか」
「ははは、そんなことは有り得ないな」
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