第十五章 忘却の夢迷宮
第五話 交渉
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、そう思って頂いても問題はないな」
「しかし、明らかにこれは……人形には見えませんが」
探るような目つきを向けるアンリエッタに向かって、マントを大きく翻しながらジョゼフは大きく両手を広げた。
「奇跡―――そう、一種の奇跡だよ」
「き、せき?」
アンリエッタの目に困惑が浮かぶ。それに気付いたジョゼフは大きく頷いて見せると、アンリエッタを押さえ付けるワルドに顔を向けた。
「最初はな、確かにただの人形だったのだ。しかし、時が経つに連れ忘れていた記憶を取り戻し、今ではもう生前と変わらないままになり、死者が蘇ったと言っても過言ではない。これぞまさしく奇跡だろう」
「死者が、蘇る……っ―――待ちなさい」
必死に動揺を収めようとしていたアンリエッタの動きがピタリと止まった。
ジョゼフの言葉の何かが、アンリエッタの記憶を刺激したのだ。それはもう何年も前に感じる程であるが、まだ一年も過ぎてはいない事件の事を。
忘れるわけがない。
忘れられる筈がない。
今もまだ、時折胸の奥を刺が突き刺すのだから。
あまりにも悲しい初恋の終わり。
忘れてたまるものか。
「はて、何かな?」
首を捻るジョゼフの口元には、あからさまな笑みが浮かんでいた。
「死者が生き返る……そのような奇跡について、わたくしには一つ心当たりがあります」
「ほう……死者が蘇るという奇跡に覚えが?」
揶揄うような口調に、アンリエッタではなく背後でワルドに取り押さえられたアニエスに怒りの感情が浮かぶ。
「ええ、卑怯にもわたくしを利用しようとした賊が、どのような手を使ったかわかりませんが……」
「ははは、どうやらあなたは死者に縁があるようだ」
「その縁を取り持ったのは、あなたではないのですか」
刀の切っ先を思い起こさせる鋭い声と視線。
そこらの相手ならば、思わず平服してしまう程の強さを感じさせる声に、しかしジョゼフは大げさな仕草で肩を竦めてみせるだけだった。
「さあ、どうだったかな」
「貴様―――っ!」
あからさまな態度に、とうとうアニエスの堪忍袋の緒が切れたのか、自分を取り押さえるワルドを引きずるように前へと進もうとする。
「……人を人とも思わないその所業……あなたには人の心がないのですか?」
しかし、アンリエッタの静かな声が、アニエスの足がピタリと止まった。
怒りも、悲しみも、憎しみも何も感じられない。
冷たい、鋭い声が、言葉がジョゼフへと問いかけられる。
「だからこそ。そう、だからこそそれを知りたいのだよ」
「え?」
どんな答えが返ってきたとしても、冷静に対処できると思っていたアンリエッタだが、予想外に過ぎるジョゼフの言葉に、一瞬思考が
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