第十五章 忘却の夢迷宮
第五話 交渉
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ていたアニエスは、何かを言おうとするが噛み砕かんばかりに歯を噛み締めた。唇に血を滲ませながら椅子に座るアンリエッタから“覚悟”感じたアニエスは、自分が何を言ってもどうあっても止められないと感じ、血を吐く思いで踏み止まった。
その様子を意地の悪い笑みを浮かべながら見ていたジョゼフは、耐え切れないと言わんばかりに唐突に手を叩き大きな笑い声を上げ始めた。
「っはははははは!! まさか即答するとは思わなんだっ!! くく、心配するな。ただの冗談だ冗談。こう見えて余は気が小さくてな。あなたのような女と臥所を共にすれば、下手すれば噛み切られかねんからな。しかし、一切の動揺もないとは、大したものだ。まさかとは思うが、余に惚れていたとかか?」
「笑えない冗談ほど人を不快にする事はありませんよ」
スッとアンリエッタの目が細まり。周囲に極寒の冷気が漂う。
「いや、いや。それは済まなかった」
頭を盛大に掻きながら謝罪の声を上げるジョゼフに、小さく溜め息を吐いたアンリエッタは口を開いた。
「それでは、提案に乗るということでよろしいですね。では、早速触れをお出しください。流石のロマリアも、トリステインとアルビオン、それにゲルマニアがガリアに付くと知れば大義を失うこと、で……」
始めて喜色を僅かに込めた声がアンリエッタの口から出たが、額に手を当て考え込むジョゼフの姿を目にすると尻すぼみに消えていった。
「どうか、なさいましたか?」
「ん? いや、なに。どう伝えようかと思ってな。しかし、やはり周りくどい言い方は止めとしよう」
迷いを振り切るように力強く頷くジョゼフの姿に、アンリエッタは言いようのない不安に襲われゴクリと喉を鳴らした。
「アンリエッタ殿。そちらの提案だが、余は乗らない事にした」
「……理由は。何か足りないものがあるとでも。それとも、やはりわたくしが惜しくなったのでしょうか」
自分でも信じていない言葉を口にしながら、アンリエッタはジョゼフを睨みつけた。
「なに、ただ単純な話よ」
にやにやと人を挑発するような笑みを浮かべていたジョゼフの顔が―――無表情となる。
「―――っ」
「おれは、別に世界など欲しくはないのだ」
仮面を被ったかのように、否―――仮面を外したかのように一切の表情を、感情を感じさせない顔で、アンリエッタを見つめるジョゼフ。
「ただ、おれは見たいだけなのだ。お前が見たくないといった大切な者が死に、嘆き悲しむ者達の姿を、憎しみの炎を燃え上がらせ、互いに殺し合う者達の姿を。世界が壊れ行く様を。おれは、見たいのだ」
「……本気で、言っているのですか」
「嘘だと思うのか? いや、信じたいのか? ならば残念なことに本気だ。おれは見たいのだ。地獄を。俺のこの
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