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白梅
1部分:第一章
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に対して笑顔で告げた。それは人を知る者の笑顔であった。
「だからだ。さあ」
「顔を上げよと」
「さっきも申し上げた筈。士は常に誇りを忘れぬもの」
 それをまた豫譲に対して告げた。
「だからこそ。宜しいな」
「わかりました」
 豫譲は遂に顔を上げた。顔が晴れやかなものになっていた。その晴れやかな顔でまた彼に対して言うのだった。
「智伯様」
「何か」
「士は己を知る者の為に働くといいます」
 それが士であった。そう広く信じられていたのだ。これは侠の心である。中国で古来より最も尊ばれてきた心である。
「そう言われているな」
「はい。ですから」
 目が熱くなっていた。それは今の彼の心をそのまま表わしていた。その心を隠すことなく智伯に伝えるのだった。そこには嘘偽りは何処にもなかった。
「私もまた。智伯様の為にそうさせて頂きます」
「そう言ってもらえて何よりだ」
 やはりそう言われて悪い気はしない。智伯にしろ。それが顔にも出ていた。嬉しいような笑顔だった。
「ではその時は宜しく頼むぞ」
「はい、それでは」
 あらためて誓う豫譲だった。彼はこの時その為に生きてその為に死ぬことを誓った。それから暫くしてのことだった。
 智伯には敵があった。その敵の名を趙襄子といい彼と同じ卿だった。智伯と彼は武力での争いにまで至り遂には趙が智伯のもとに攻め込んできた。
 戦いは智伯にとって芳しいものではなく追い詰められた。最後には城を陥落させられ智伯のいる屋敷も敵に囲まれてしまった。
 智伯はその中で残っている者達を屋敷の庭に集めて告げた。皆逃げるようにと。
「趙襄子が狙っているのは私だけだ」
 あちこちが破損してしまった鎧を着た彼がこう言った。
「だから。死ぬのは私だけでいい。皆逃げてくれ」
「いえ、それは」
 彼のその言葉に異議を呈した者がいた。見ればそれは豫譲であった。彼もまたあちこちが破損した鎧を着ておりその剣も血に塗れあちこちが刃毀れしていた。しかしそれでも彼は士気衰えぬ様子で主に対して言うのだった。
「私は。聞けません」
「聞けぬというのか」
「以前申し上げた筈です」
 そしてここで言うのだった。
「士は己を知る者の為に死ぬ」
 その言葉をまた言った。
「ですから。私はここで」
「死ぬのだな」
「そうです」
 誓うのだった。その誓いにも偽りはない。心からの言葉であった。
「ですから。私も共に」
「豫譲殿」
 智伯はここで。一旦落ち着いた笑みを彼に向けてその名を呼んでみせた。

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