第一夜「想い出の風」
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まるで自分の一部を失うかのような錯覚に捕われた…。
― 優しいのね…。でも、あなたはもう充分一人で歩いて行ける。それは誰よりも私が知っているもの。―
型の無いはずの“風”が、なぜか微笑んだことが分かった。
そして…温かく僕を包み込んで言った。
― いつまでも忘れないわ。また時が来たら、きっと会えるから。いつになるか分からないけど…。その時まで、笑顔を忘れないでいてね。―
もう…何も言えなかった…。いや、何を言っていいのか分からなかったんだ。
でも、それは小さい頃に母に抱かれた温もり思い出させ、僕の胸を締め付けた。
あの懐かしい温かさ…安らぎ…。
何かを吹っ切る様に僕は笑顔を見せ、包み込む“風”に伝えた。
「お別れなんかじゃないよ。また、いつか会えるんだからさ。十年後か二十年先か…。それとも僕はお爺さんになってるかもね。」
― フフッ…そうね。でも、絶対見つけてみせるわよ。―
そう言った“風”の声は、さっきとは違って力強く感じた。
「じゃあ“さよなら”じゃなくて、“いってらっしゃい”だね。」
僕が笑ってそう言うと、“風"も明るい声で返してくれた。
― そうね。じゃあ私は“行ってきます”ね。淋しいお別れじゃなくて、明るい旅立ち。―
もう夕刻も近い秋の空。グラデーションのかかった幻想的なその中に、優しく微笑んだ女性が見えた気がした…。
いや、きっと見えたんだ。少なくとも、僕はそう思いたかった。
― もう、行くわね。―
「いってらっしゃい。今度また会うときも、また笑顔でね。」
― ええ、分かってるわ。じゃあ、行ってきます…!―
そう言い終えると、一筋の風が多くの思い出と一緒に天へと高く舞い上がった。
“ありがとう”とか“さよなら”は違うんだ。また、きっと会えるから…。
僕は、見えるはずもない“風”を遠く見つめながら、紅く染まりゆく晩秋の空を、いつまでも眺めていた…。
「―元気でね…。―」
end...
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