木曾ノ章
その9
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った。殺意も、闘争心もなりを潜めた。今はただ、先どこかへ行ったはずの道徳心と冷静さだけが脳内に残った。
姫は必死に手を動かす。体に似合わぬ巨大な手は動かしにくいだろう。強力な艤装も、今となれば邪魔なだけ。浮かべるはずもない。だが、姫は手を動かす。海水に口を塞がれた今では息一つさえままならないだろう。
私は姫に近づいた。姫は、私を見返す。ただ、手は伸ばしては来なかった。その事に、もう、嬉しさなんて湧いては来なかった。助けるならば今を除いてない。ただ、こいつは深海棲鬼だ。助ければいつか、また戦うことになる。そうなれば死ぬのは、次はどちらか。
突然に水面が爆ぜた。視線を向けると、戦艦型の深海棲鬼がこちらに砲塔を向けていた。
「嗚呼」
そうだった。この私の最後の攻勢で決まるのは、姫の生死だったのだ。丙艦隊へ向かった時点で私の死は確定している。姫を助ける何て選択肢は元より存在しえなかった。私も、こいつと運命を共にするしかなかったのだった。
左手の砲塔を挙げようとするが、肋が激痛を発して叶わなかった。私は姫の目の前で屈む。他の深海棲鬼も、姫の近くには撃てまい。
そうして、私は沈みゆく姫に砲塔を向けた。左手を殆ど真下に向けて、その瞳をしかと見て。
右手で姫の髪の毛を掴み、顔だけ海面から引きずり出す。
「遺言くらいは聞こう」
私の言葉に、姫は表情を変えなかった。それが、羨ましかった。敵とは云え天晴と言おうか。その心、私より強かに違いない。
「黄泉路ノ同行人、頼モウゾ」
姫は私を認めてくれたらしい。黄泉路の同行人のご指名だ。きっと、同行人とすれば姫は中々の奴だろう。楽しい旅路となりそうだ。
「待っとけ。直ぐ逝くさ」
砲塔を彼女に向ける。殆ど真下にいる彼女に、私は砲撃を−−−。
爆発音。私は……無傷。では何があった? 視線を周りへと向けると、人として致命的な部位が消えた戦艦級深海棲鬼が見えた。そうして突然の砲撃戦。混乱する頭で考える。相手は、誰だ?
「所属と名前は?」
無線から入ったその声に、聞き覚えはなかった。ただ、どうやら今丙艦隊と砲撃戦を開始したのはどこかの艦娘らしい。
「珠瀬鎮守府第二艦隊旗艦、木曾だ。そちらは」
「珠瀬鎮守府第四艦隊旗艦、伊勢よ。援護するわ、撤退して」
「そいつは無理だな。今は浮いている事がやっとだ。あんたらは逃げな」
「私達の任務はその敵艦隊の撃滅よ。それまで、頑張って生きてなさい」
了解と返しつつ、私は左手の砲塔を捨てた。そうして魚雷発射装置の類も全部捨てていく。左足の船底は機能していないのだから、軽くしないといけなかった。
「何ノツモリダ」
姫のその手を握るには。
「俺はここで生き延びそうだ。旅路の同行人が生き残っちまうと嫌だろう?」
「既ニ仲間ハ死ンダ。同行人ニハ困
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