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牡丹
5部分:第五章
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何時にも増して焦ったものであった。それにも増してその焦りを隠そうともしない。これは今までの彼にはないものであった。
「よいな。子供達を連れてだ」
「わかりました。ではあなたも」
「うむ」
 しかし彼はそのつもりはなかった。未来がわかっていたからだ。それでも妻子だけは何とか逃したのであった。これは人としての情であった。
 次の日の朝早く李儒の妻子は張繍のところへ向かった。彼はそれを見送った後で使用人達に家の残った金目のものを分け与え暇を与えた。広い屋敷に一人残り呟いた。
「終わりじゃ。何もかも」
 廊下の真ん中で庭を見て項垂れる。空は赤くなり落日が今沈もうとしていたのであった。もうそれを止めることは誰にもできそうになかった。
 
 その話を聞いたのは王充も同じであった。彼はそれを聞いてふう、と溜息をつくだけであった。
「いよいよじゃな」
 彼もまた落日の中にいた。赤い光が彼のいる世界を染め上げている。彼はその中で庭の牡丹の花を見た。
「白い牡丹が今は」
 彼が見ている牡丹は今はもう赤くなっていた。落日が白い筈の牡丹を赤くしていたのであった。彼はそれを見て遂に全てが終わることを感じていた。
 呂布はこの話を聞いた時胸が張り裂けんばかりであった。李儒から一旦は貂蝉の話を聞きそれが反故になったからだ。彼は李儒に詰め寄った。
「これはどういうことなのだ」
「そのままじゃ」
 彼も無念の顔であった。呂布から目を逸らして答える。
「太師はあの娘を手放されぬ。それで」
「馬鹿を言え、わしは貂蝉を」
 呂布は言う。その顔は何時になく激しいものであった。鬼にも例えられる彼が一人の女を想っていたのだ。それ以外は目に入らぬかのようにだ。
「なのに。何故だ」
「太師もそうであられるからだ」
 李儒は血を吐くようにして呂布に述べた。
「だから」
「認めぬ」
 しかし呂布はこう言う。
「認めぬぞ、そんなことは。どうしてだ」
「済まぬ」
「御主に謝られてもどうにもならぬ」
 彼はそう返す。
「どうにもな。わしにとっては貂蝉は」
「何にも増しているのか」
「わしはそもそも天下なぞに興味はない」
 思いも寄らぬ言葉であった。天下きっての猛将と謳われた男がである。
「貂蝉、貂蝉だけが欲しいのだ」
 そこまで思い詰めていた。もうそれは止まらなかった。
「だからこそ」
「想いは変わらぬか」
「無理だ」
 彼は吐き出した。
「何があってもな。それだけは」
「そうか」
 李儒は何も言えなかった。最早彼ではどうしようもなかった。
「そうなのだな。その心は変わらぬか」
「わしとても変えたい」
 呂布は言う。
「しかしどうしても変わらぬのだ。わしはもう貂蝉だけしか見えぬ」
「わかった」
 李儒はそこまで聞いて述べ
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