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ベアトリーチェ=チェンチ
5部分:第五章

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第五章

「それは何よりです」
「そして今ここにいます」
 紳士の話がここでまた変わった。
「この場所に」
「そうですね」
 彼女が振り向いた。そして肖像画を見る。
「ここに」
「そうです。この肖像画は今処刑に向かう時に描かれたと言われています」
「処刑にですか」
「はい、処刑にです」
 紳士は静かに言った。
「今赴くその時にです」
「成程、そうなのですか」
「そうです、この時二十二歳でした」
 確かに若い。当時は結婚している年齢だろうがそれでもかなりの若さだ。
 その若さでこの世を去る。聞いているだけで悲しいものになる。美人薄命というがそれでも尚更だ。その経緯が経緯なだけにだ。そう思えて仕方がない。
「僅か二十二歳で」
「処刑されましたか」
「そうなりました」
「わかりました。それが彼女でしたか」
「この絵の彼女はそれから処刑されました」
 その罪でだ。
「そして今はここにいます」
「そういうことですか」
「この絵はよく御覧になって下さい」
 紳士はその絵をいとおしげに見ている。そこには悲しむものもある。
「よく」
「はい」
 僕より先にだった。彼女が応えた。
「そうさせてもらいます」
「宜しく御願いします。それでは」
「はい、それでは」
「また機会があれば御会いしましょう」
 僕達は別れを告げあいそのうえで別れた。二人に戻った僕達はまた肖像画に顔をやった。そしてそれから二人で話をするのだった。
「そういうことがあったんだね」
「そうね。この人に」
「そして今ここにいる」
 紳士の言葉を自分の言葉でも出した。
「そういうことだったんだね」
「そうね。ずっと私達に顔を向けてくれていて」
「今は別れじゃないね」
 この世に別れを告げる時の絵だ。しかし既にこの世を去っている。ならば違うのは道理だった。
 その顔でだ。また話す僕達だった。
「僕達をじっと見てね」
「自分のことを知ってもらいたいのかしら」
「そうかもね。幸薄かった自分をね」
「知ってもらいたいのかもね」
「ええ」
 ここで彼女が僕に言ってきた。
「この人のこと忘れないでいましょうね」
「そうだね」
 僕も彼女のその言葉に頷いた。
「せめてね。そうしていよう」
「それじゃあ。ずっとね」
「うん、ずっとね」
「覚えていましょう」
 その白と黒のコントラストの中にある悲しげな表情を見ながら僕達は決めた。せめてこの人のことを忘れないでおこうと。この人の為に。そう画廊の中で決めたのだった。


ベアトリーチェ=チェンチ   完


                2010・5・2

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