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口では言っても
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第一章

                   口では言っても
「宜しいですかな」
 ふくよかな顔の初老の男が壇上で色々と言っていた。法衣を着ているところから彼が聖職者にあることがわかる。彼の名はマルティン=ルター。今ドイツで最も危険な男と呼ばれている。
 教会の腐敗を糾弾し歯に衣着せない舌鋒で知られる。そのおかげで今や彼は法律の保護外に置かれ命の保証もない立場だ。
 だがそれでも彼は教会批判を止めない。だが今はそれとは少し違っていた。今話しているのはそのことではなく別のことであった。
「ビールですが」
「はい」
「どうなのでしょうか」
「これは人にとって害毒であります」
 実に厳しい顔で人々に述べるのだった。
「その害毒は最早悪魔です」
「悪魔ですか」
「そうです」
 また答えるルターであった。
「悪魔そのものなのです」
「悪魔ですか」
「まず人を溺れさせ」
 彼はさらに続ける。
「そして惑わします」
「惑わすのですか」
「そこまでですか」
「その通りです。心当たりはありますな」
「そう言われれば」
「確かに」
 ルターの説法を聞きに集まっている彼の聖職者達はその厳しい言葉で顔を顰めさせるのであった。言われてみれば思い当たるふしがあるのだった。
「我々もついつい飲み過ぎて」
「乱れてしまいますな」
「そこが問題なのです」
 ルターはさらに言う。
「そこがなのです」
「そうなのですか。そこが」
「問題なのですか」
「何故悪魔かというとそこにもあるのです」
 また述べるルターであった。
「その魅力は皆様も御存知でしょう」
「魅力といいますか」
「一旦飲みはじめるともう」
「それで」
「それなのです」
 その言葉はいよいよ厳かになるのだった。語るその顔も同じである。その顔で語る言葉は神妙そのものでありルターが持っているカリスマも際立たせていた。
「そこがビールの魅力です」
「ビールの」
「それが」
「香りも人を誘い」
「香りも」
 話はそこにも及ぶ。
「それにふらふらと口に寄せればそれで飲みはじめてしまい」
「後は尽きることなくですか」
「そのまま」
 なおこの時代ドイツ人の大酒は欧州の中でも有名になっていた。それが手紙の挨拶にもなっていた程だ。だからこそルターも言っているのである。
「そして飲みどうなるかというと」
「どうなるかというと」
「それは」
「皆様はもうおわかりでしょう」
 神妙な言葉がまた出された。
「酔って神を忘れてしまい」
「あらぬことを口走り」
「乱れ」
 ここにいる誰もが思い当たることであった。酒での醜態はつきものである。
「そして淫らになり」
「剣さえ不意に出してしまいます」
「それです」
 ルターの言葉は剣そ
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