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資料 恋姫時代の後漢
資料 恋姫時代の後漢
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「収穫量がおよそ倍増した」と褒め称えられた。
 長江以南の地方ではうるち米を黄酒の原材料として扱った。黍で作る黄酒とは、細かな材料や製法から味や香りも異なったが、黄色からオレンジ色のお酒が出来るという点では同じなので黄酒。
 餅、飴、味噌や醤油、酢などに加工される。
 収穫量は玄米換算で1ヘクタール580から775s、1畝18.5から24.4s。
 平安時代に1ヘクタール280s、1畝10s未満の玄米しか収穫できない田があったという研究もあるため、甘い予測である可能性も否定できない。

 麦。ムギ。畑で育てる。主に小麦、大麦があった。
 晩秋に種をまき、およそ7ヶ月後の晩春から初夏に収穫する。6月頃には麦畑が黄金色に色づくことから、麦秋と言えば初夏のこと。
 小麦と大麦は名前から抱く印象と違い、背丈はあまり変わらず1メートル強。名が表しているのは成長途中の葉の大きさ。品種改良によって背の低い小麦が出現したのは近代。
 小麦と大麦の違いは、主に食べ方。大麦は脱穀後の粒が大きく、製粉の必要もなく食べられたため特に好まれた。また、乾燥藁だけでなく実を含めてやや高級な飼料用の作物とされることがあった。小麦の藁はあまり飼料に向かず主に堆肥として用いられる。
 土を深く(20から30p)耕すこと、カリウムやリンなどの肥料やそれらを生む土壌改善作物(クローバーなど)の栽培、適切な水やりで収穫量が増す。「稲は地力で、麦は肥料で」収穫するものとされ、生育途中の追い肥などを適切に行うことで収穫量が増し、品質も大変に向上すると言われる。種籾で線を描くようなすじ蒔きと、文字通りのばら蒔きが主流。すじ蒔きは水田の裏作に、ばら蒔きは大豆などの畑作の輪作に向く。
 唐代に華北で流行した二年三毛作では、粟と組み合わせた輪作も行われたとされる。
 大麦はそのまま火を通して食べたり、味噌や水飴などに加工されるがあまり美味しくはないようだ。小麦は粉にされた後に蒸しパンのようなものや餅や麺に加工された。
 収穫量は1ヘクタール1トンとも2トンとも、その後5倍以上に増えたと言われることもあるが、税収から逆算すれば最良の環境の数字でも1トンには届かない。小麦粉換算で1ヘクタール0.6トン未満、1畝20s未満。
 なお、20世紀前半頃まで1ヘクタールの収穫量が1トンを超えるような地域や品種は極めて限られていた。1ヘクタールにつき100s程度の種籾を撒くのが適当であるようなので、収穫率で10倍を超えるといった記述の真偽は慎重に判断するべきである。

 粟。アワ。畑で育てる。
 春に種をまき、およそ4ヶ月後の夏に収穫する。または夏に種をまき、およそ4ヶ月後の晩秋に収穫する。
 比較的に背が高く、品種にもよるが150pほどになる。
 かなり古い時代から栽培されていた作物で
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