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憎くはないが
第四章

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 忠長は切腹させられた、そして彼の最期を聞いてからだった。家光は苦々しい顔でこう言ったのだった。
「これで終わりにせよ」
「この様なことはですか」
「最早」
「もういい筈じゃ」
 こうも言った。
「こうしたことは」
「これからの幕府は」
「そうじゃ、余で沢山じゃ」
 今度は忌々しげに言った家光だった。
「こうしたことは」
「では」
「幕府をこれまで以上に磐石なものとし」
 そして、というのだ。
「こんなことをしなくて済む様にせよ」
「そうさせて頂きます」
「断じて」
「それでは」
「その様に」
 側近達も応える、家光は憔悴しきった顔であったが彼等の話を全て聞いた。そのうえで何も言わずその場を後にした。
 この時から将軍の位を争っての血は流れなくなった、それは徳川幕府が続く限りそうであった。少なくとも表に出る限りは。
 このことについてだ、ある学者が自分のゼミの学生達に言った。
「憎くもない弟を殺さねばならない時もあります」
「徳川家光の様にですか」
「彼の様に」
「そうです、政権がまだ磐石でない時は」
 家光の時がそうだった、まだ幕府は出来て半世紀も経っていなかった。ようやく確かな地盤が完成する時だった。
 そうした時だからだ、家光も。
「彼は仕方なかったのです」
「お家安泰の為に」
「ひいては幕府を磐石にする為に」
「騒動の元を絶たねばならなかったのですね」
「血を分けた弟を」
「そうです、しかし実際はどうだったかわかりませんが」
 真相は、というのだ。歴史の。歴史というか人間の世界は表だけで語られていることだけが全てではないからこう言ったのである、学者も。
「以後徳川幕府ではこうしたことは起こっていません」
「政権が磐石なものになったから」
「だからですね」
「そうです、そうした意味で徳川忠長も徳川家光も不幸でした」
 二人共というのだ。
「腹を切らねばならず切らせねばならなかったのですから」
「では二人共ですか」
「幕府の政権の磐石化の過程の中での犠牲だったのですね」
「そうなるんですね」
「そうなります、二人共」 
 将軍の弟も将軍自身もというのだ、学者は学生達に悲しい目で語った。
「以後泰平の世は磐石になり多くの人が平和に過ごせましたが
「その中にはそうした犠牲もあった」
「そのことは忘れてはいけないですね」
 学生達も悲しい目になっていた、その犠牲となった二人のことを思いながら。


憎くはないが   完


                      2015・1・25
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