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剣の丘に花は咲く 
第十五章 忘却の夢迷宮
第三話 ずるい男と壊れた男
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近づいてくるのは、ジョゼフの娘である王女イザベラであった。長い青い髪を揺らめかせ、イザベラはベッドの上に座るジョゼフの前にチェストを挟んで立った。よほど急いで来たのだろう。息を荒げるイザベラは、何時も口元に浮かべている意地の悪そうな笑みは消えており、蒼白に染まった顔に硬く強ばった焦りを露わにしていた。
 
「一体何をなさっておいでですかッ!! ロマリアと戦争を始めたと聞き旅行先から飛んで帰ってみれば、街は混乱を極め、国の半分は寝返っているとはっ! どうしてこんな事になっているのですかっ!」
「さあ、どうしてかな?」
「―――なっ」

 軽い声で返事を返す父の姿に、イザベラは一瞬呆気に取られ口ごもるが、直ぐに吠えるように声を張り上げた。

「何を言っているのですかっ! 父上がエルフなどと手を組むからハルケギニア中を敵に回してしまったのですっ! 一体これからどうするおつもりなのですかっ!」
「ああ五月蝿い。誰と手を組もうがお前には関係ないだろ。それにあんなものと言うが、長耳の方がそこらのブリミル教徒などよりもよっぽど話が出来るぞ」
  
 顔を顰めながら、しかしそれでも顔を上げることなく足下にあるチェストを見下ろすジョゼフの姿に、イザベラの胸に鋭い痛みが走った。氷で出来た刃物で切られたかのような、鋭く冷たい痛み。
 それは、別に珍しい痛みではない。
 そう多くはないが、何度となく経験した痛みだ。
 それを感じる時は、いつも……。
 
「っ、ち、父上……あなたは……」

 もともと、イザベラとジョゼフの間に親子らしいと言える関わりはなかった。
 それはプレゼント等といった形となるものだけではなく、思い出という、形のないものも含めて父親(ジョゼフ)との繋がりは一つもなかったのだ。少なくとも、イザベラが知る限り物心をついた頃から、この父親とまともに会話をしたことはなく、手渡しで贈り物をもらったこともなかった。
 しかし、だからといってそれが特別寂しかったというわけではなかった。
 王族とは、王とはそういうものだと思っていたのだ。
 そう、言われて育ったから。
 そう、信じていたから。
 そう、思おうとしたのだ。
 ―――その度に、小さな違和感と、寂しさを胸に抱きながら。
 その違和感の正体を、今この瞬間、イザベラは触れた気がした。
 しかし、それが何なのか気付いた時、同時にイザベラはそれを否定した。
 何故なら、この目の前でつまらなさそうに自分を見下ろす男から感じたそれが真実だとしたら、自分が信じていたものが崩れてしまうから。
 そう―――一度たりとも言葉にしてもらった事もないけれど……それでも信じていた。
 ……信じていたかった。
 わたしを……。 
 それでも、わたしを―――。

「一体、何を…
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