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剣の丘に花は咲く 
第十五章 忘却の夢迷宮
第三話 ずるい男と壊れた男
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 茜色に染まった空の端が、ゆっくりと濃い藍色に変わってゆく。太陽が沈み、空に夜が広がる中、二つの月が徐々に強く輝き始める。
 夜と夕暮れの境―――黄昏時。
 朱と黄金に染まるカルカソンヌにある寺院。その正面前の階段に、小さな人影が腰掛けている。膝の上には、開かれた本が一冊。しかし、人影の視線は下に、開かれた本には向けられてはおらず、沈みゆく―――太陽が沈んだ先に向けられていた。
 日が沈むに合わせ、街道にかがり火が焚かれてゆく。
 ゆらゆらと揺らめくかがり火に浮かび上がる街道を行く人の姿。街道を行くのは、カルカソンヌの住民だけでなく、杖や、剣、銃を手に持ち歩く兵士の姿もある。そして、焚かれたかがり火は、寺院の階段に座る人影の姿も浮かび上がらせていた。
 
「…………」

 開かれた本を一瞥もせず、沈んでしまった太陽が今もそこにあるかのように、微動だにせずナニカを見つめ続けている人影は―――

「―――タバサ」
「……」

 背中越しに名を呼ばれ、肩越しに後ろを振り向く。
 声を掛けてきたのが誰かなのか、タバサは振り向く前から分かっていた。
 勢い良く振り向きそうな顔を、ぐっとこらえながら、ゆっくりと後ろに顔を向ける。
 タバサの後ろ、寺院の門の前に焚かれるかがり火を背中に立っていたのは、予想通りの人物である衛宮士郎であった。

「……なに」
「何か、あったのか?」

 質問に、質問が返される。
 タバサと士郎の視線が合う。
 石段に腰掛けたまま士郎を見上げるタバサと、それを見下ろす士郎。

「なにも、ない」
「そうか」

 逃げるように、避けるように、視線を下げると、ゆっくりと、タバサは顔を前に戻す。
 本の上に置かれた手が細く震え始め、開かれたページにシワが寄る。と、タバサの横で砂利が擦れる音が響く。

「綺麗だな」
「―――っ」

 ひゅっ、とタバサの喉で微かにおかしな音が鳴り、白い肌が一気に赤く染まる。
 しかし、隣に座る士郎はその奇妙な音にも、赤く染まった顔にも気付く事なく、無言で階下に広がるかがり火に照らされる街を見下ろしていた。
 
「何、が?」
「ん? この景色の事だが……って、どうかしたか?」
「……別に」
 
 背けられるタバサの顔。
 一瞬、目に映ったタバサの頬が、士郎の目には膨らんでいたように見えて。
 だから、士郎は思わず―――。

「何をむくれているんだ?」
「っひゃ?!」
「―――っぅお!?」

 そっぽを向くタバサの頬を―――その微かに膨らんだ頬を人差し指で軽くつついてしまった。
 頬をつつかれた瞬間、座った状態で小さく飛び上がるタバサ。浮いた尻が着地すると同時に、風を切る音を立てながら士郎に顔を向けた。その真っ赤に染まった顔を。
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