閑話 第二話
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自分の隣に布団を敷いて寝ているはずのセレーネの姿が見えなかったが、そのときクレアは特に気に留めなかった。中途半端に寝惚けてしまっているせいで、現状を正しく理解できていないのだ。
いつも起きたらお腹が空くけど、今日はしない。だからいいか。
己が崇拝して止まないセレーネの「最低限の生活はしなさい」という言葉すらも忘れてしまっていたのだ。今の彼女は三年間毎日続けていた、常人ならば耐えられないほどのハードスケジュールに慣れきってしまった体が「ダンジョンに行かなければ」と条件反射している状態だった。
才能の無いただの凡人だと自覚しているクレアが、人一倍、二倍と努力しなければならないと思って続けていた習慣。それは紛れも無い努力であり、その努力のお陰でクレアは三年という時間を掛けてステイタスを成長させ続けてきた。
その努力が、災いの元だった。
◆
びきりと、私の背後で罅が走った音がした。
「……」
私はモンスターが生まれる瞬間を何度も見たことがある。だから聞きなれた音のはずだ。
だけど、私が知っている罅割れる音は、こんなにも喘ぎ、苦しみ、嘆くような重々しい声音を出さない。
見えない糸で縛り付けられたように足は止まった。後ろを見ないほうがいい、そう本能が絶叫するのを無視して、首が独りでに回っていく。
ズンと、それが地に足を着けた瞬間だった。
今まで私が見てきたどのモンスターよりも一回り二回りも大きい体だった。全身に鋼鉄の鎧のような黒光りする甲殻を纏い、それは何本もある脚全てにも貼り付いている。腹にはドスぐろい赤の十字架が刻み込まれている。
ギチギチと巨大な顎の鋏を打ち鳴らし、触覚をクネクネと曲げて、どこを向いているか複眼が何故か私のことを凝視しているように思えた。
肌が粟立った。種族として、固体としての隔絶した力の差。絶対的な存在としての隔たり。一目見ただけで自分は矮小で無力な存在なんだと、本能的に思い知らされるような、圧倒的覇気。
私はその存在を名前だけ知っていた。初めて見るはずなのに、絶対にコイツのことを言っているんだと指しているんだと解った。
ダンジョンで七階層から初めて出現するようになる、階層の主。命名、迷宮の弧王。固有名詞、《クルセイド・アント》
『ギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!!』
「嫌ああああああああああああ!!??」
けたましい咆哮と、無力な少女の悲鳴が木霊した。
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