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山本太郎左衛門の話
16部分:第十六章
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知っていた。
 だからこそ思うのである。人の世は実に無常なものであると。
「どの様に強い者でも必ず死ぬ。滅びぬ者はおらぬ」
 平家物語からそうしたことを学んだ。滅せぬ者なぞいないのだ。
 では武芸は無意味か。決してそうではない。
 悪源太義平にしろ木曾義仲にしろ彼等はそれぞれの生き様を貫いた。今井兼平も斉藤実盛もだ。どうして彼等を褒めずにいられようか。思わずにいられようか。
「わしもこうなりたいものだ」
 平太郎は彼等のことを読む度にそう思う。そしてさらに武芸に励むことを誓うのであった。
 そうして読み進んでいく。ふと行灯に目をやった。
「蝋燭は大丈夫かのう」
 見ればまだかなり高い。当分は安心だった。
 紙に包まれて淡い光を放っている。その周りに蛾がニ三匹飛んでいる。
 他には何もいなかった。紙をこして蛾の影がちらちらと見えるだけであった。
 しかしそこに急に別の影が映った。
「むっ!?」
 それは人のものであった。それは今の平太郎と同じ様に書を読んでいた。
「今宵の客か」
 彼はそれが何であるかすぐにわかった。そして平家物語から目を離しそちらに顔を向けた。
 見れば何やらぶつぶつと口を動かしている。耳を澄ませば何かを唱えているようだ。
 だが何を唱えているかまではわからない。結局平太郎はそれは無視することにした。
「仕方ないのう」 
 そして書を読むのを再開した。目が疲れて書を閉じるとまだ映っていた。
「すまぬが今宵はこれでな」
 ふぅ、と行灯の火を吹き消した。そうするとその影も消え去った。
 それを見届けるとその場を後にした。そして蚊帳の中に潜り込んで眠った。
 翌二十二日は早くに起きた。そして修練に励み道場で教えた。
 弟子達が帰り一人になった。道場を後にする頃には夕方になっていた。
「今夜は何が出るかのう」
 そう考えながら居間に向かった。すると早速いた。
「おお」
 見れば居間を箒が掃いている。これは有り難いことだと思った。

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