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真・恋姫†無双~現代若人の歩み、佇み~
第一章:大地を見渡すこと その壱
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ている。短く切り揃えられた短髪が風に煽られるたびに、男の表情は和やかなものとなっているが、瞳が揺らぐことはまったくない。

 人と比べれば十人中六人は男の容姿をみて快男と評し、後の四人のうち三人は唯のヘタレと評し、残りの一人は冷淡と評する。相容れぬ評価ではあるが、その何れもが男が内に抱いた心の造りを端的に表しているとよいだろう。面倒くさそうな演技を貼り付けて背を木に預け、見つめる先に何を捉えているのか誰にも知れない、そんな表情をする男が辰野仁ノ助である。この大陸ではこの名前とは別の名が、一部の民草の間で知れ渡っている。すなわち、『遊びの仁』。例え周囲を腕っ節で名を言わせた盗賊に包囲されていても、例え無銭飲食で捕まって店の主人に殺意のこもった目で睨まれようとも、妙に自信有り気な態度とそれをしっかりと支える武技と小細工で、行く先々で問題を解決する。その遊び染みた対応が人々の呆れと感嘆を生じさせる事からつけられた渾名だ。「阿呆と罵られようが、そんな罵倒は最初からなかったかのように次の瞬間には口笛を吹いている」とも言われた事もあったが、男の気丈さと生真面目さ、人の期待に応える誠実さと、何よりも武技や道具を選ばぬ武人としての強さがこの名をただの遊び人で留まらせていない。いざとなれば手段を問わず目的達成のために穢れ役を進んで受け入れていく、現実に対する冷ややかで強かな行動が男の生を永らえさせているというのもまた事実なのだ。

 そんな噂も印象も今この男が出している間抜けな表情と比べれば、本当にこの男があの『遊びの仁』かと疑いたくなってしまう。先ほどまで天の先を見つめていた瞳は既に安定せず、頭はこっくりこっくりと垂れ始めている。ようは眠いのである。遂には頭が完全に垂れて、煽られる風が気持ちよいといわんばかりに健やかな寝息を立て始めた。体が木から離れて横倒しとなったその時、紐帯に括り付けられた小袋が解けられて、地に転がって中から小さく畳まれた紙が出てきた。樹木を震わす強い風が吹いた瞬間、小さな紙が大地を離れて宙へ舞い、男の寝息も枝木のささやきも届かぬ場所へと飛んでいく。

 紙がひらりひらりと舞っていき、畳まれた紙が風に舞うたびに広がっていく。やがて完全に一枚の紙となり、記された文面が見えるまでになった。其の文面は短きものだが、此の時代、此の時勢のどの英傑であっても、知り得る事の適わぬ文面であった。


『蒼天已死黄天當立歳在甲子天下大吉』

「蒼天すでに死す、黄天當に立つべし、歳は甲子にあって、天下は大吉なり」


 張角に煽られて飢えた貧民がついには野党となって漢王朝を激震せしめ、後の群雄割拠の時代の到来に大きく貢献した、いわゆる黄布の乱がもうまもなく始まるその頃、寝息を立てるこの男はそんなことなど関係ないとただ惰眠を貪っている。



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