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極短編集
短編55「ダビング」

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 この子の見た最期の風景は、冷蔵庫と床の隙間だった。
 そこには、あれだけ探しても見つからなかった物があって、それを見つけられた嬉しさが、その子にとっての救いだった。

◇◇◇

「もう、あんたって子はっ!」

 まだ、5歳にもならない女の子は、お勝手で母親に叱られていた。しかし母親の懲戒はエスカレートしていった。

「どうしたら分かるのよ!」

 軽く叩いたつもりだった。頭を殴られた女の子は、激しい痛みに号泣した。そして……

「ちょっと何しているの!ここお勝手よ」

 母親が気づくと、女の子は失禁していた。それがさらに、母親をエスカレートさせた。
 母親は女の子の頭を髪ごと、ひっ掴むとキッチンのドアに頭を打ち据えていった。そのうち、女の子の頭のどこかが切れ、血がドクドクと流れていった。

「ごっ、ごめんなさい、ごめんなさい」

 と、泣きながら女の子は倒れた。
 病院に運ばれた時には、もう手遅れだった。そんな事情のある、女の子の検体。執刀医は、チームの仲間に言った。

「今から、被験者の脳より、人格データを取り出します」

 と、言うと執刀医は、抽出管をピンクの脳に押し当てると、女の子の記憶を抽出していった。

◇◇◇

「あれから女の子は、元気に過ごしてますよ」

 と、シスターは言った。施設に入った女の子は、以前と見違え明るく元気に暮らしていた。人工タンパクで作られた体の中、彼女は記憶を持ったまま写し替えられたのだった。視察に一緒に来た部下は言った。

「しかし教授。これはただのコピーですよね?」

 質問を受けた執刀医は、真摯に答えた。

「ああ、ただダビングしただけだ。つまりは我々の自己満足だよ」

「じゃあ!?」

「ただ、やらなければ前には進めない。今は違っているかも知れないが、いつかは全てを元通りにして見せる」

 と、執刀医は言った。そして……



「私の娘だからな……」

 と、つぶやいたのだった。

おしまい


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