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第一章
鏡に映るもの
ドイツは森の国である。そして城の国でもある。ワーグナーの音楽を聴いていてそこに森と城を思い浮かべる者もいる。そのドイツの深い森を今一人の若い騎士が従者を連れて歩いていた。
「なあフリッツ」
「何でしょうか、若旦那様」
少し年輩の従者は馬の首のすぐ横を歩いていた。そうして騎乗する自分の若き主を見上げた。主は鎖の鎧に身を包み茶色の豊かな髪と緑の澄んだ目を持っていた。引き締まり若々しい美貌の持ち主でその顔には気品もあった。貴公子と言ってもいい姿であった。
「この辺りに城はなかったか」
「この辺りにですか」
「見渡す限り森だが」
見回せば確かに木々しかない。モミの木がうっそうと繁っている。まだ夕刻だというのに暗いものがある。森はそこまで深く暗かった。
「宿はないか」
「少なくとも今見える限りでは」
「ないな」
「残念ですが」
こう主に答えるフリッツだった。
「これは」
「仕方がないな。もう少し進んでだ」
「はい」
「何もなければ適当な場所で休もう」
こう言うのだった。
「それでいいな、今日も」
「私はそれで構いませんが」
ここでフリッツは気遣う顔で主を見上げる。そうして問うのであった。
「若旦那様はそれでは」
「私は別に構わない」
だが彼は己の従者にこう返すのだった。落ち着いた静かな声で。
「それはな」
「宜しいのですか?」
「旅とはこういうものだ」
割り切った言葉であった。
「野に休みそこで起きる。もう何日もそうしているではないか」
「ですがそれは御身体に」
「この程度で倒れるようではそもそも戦うことなぞできはしない」
今度はこう言う彼だった。
「私の名はハインリヒ=フォン=クリストハイム」
「ええ」
これが彼の名だった。ドイツでは知られた家である。代々東方の辺境伯を務めその武勇により東方の外敵を退け続けているのだ。
それは若き彼とて同じでその剣で年少の頃から戦場に立ち多くの敵を退けてきている。だからまだ若いがその歳以上の武勲を挙げてきているのだ。
「この程度のことは戦場ではいつものことだ」
「だから大丈夫ですか」
「そなたも知っている筈だ」
こう己の従者に返しもした。
「私にとってこの程度のことはな」
「何でもないと」
「そういうことだ。わかればだ」
「暫く進んで宿がなければ」
「適当な場所で休む。木のほとりでもな」
「そうですね。幸い木には困りませんし」
見渡す限り本当に木ばかりだ。ドイツの森は深い。そこには何もかもがいるとさえ言われてきた。何かしら不気味なものすらあった。
「適当な場所に」
「食べ物は」
「はい、あります」
ハインリヒのこの質問には答えることができ
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