癡 翁
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話てえばしょっちゅう二人で旅の話をするよ。昔行った国の風景だの景色だの、国境をまたげば風習が異なるだの、言葉だの、着るものだの、乗り物だの、食い物だの、寺だの、教会だの、モスクだの、聞かしてくれてさ。
やれエクアドルだ、やれアゼルバイジャンだ、やれインドだ。耳慣れねえ国名がひょいひょい出る、あの子と話してっと。
インドくらい俺も聞いたことがあるけど、何だべ、アゼルバイジャンて。育ちがいいとそういったのに憧れんだな。
インドてえのは物騒な土地柄だそうじゃない。ニュースで見るだろ?インドいだって一人旅、中々大したもんだ。しょっちゅう騙されちゃあ金を巻きあげられた、危ない目にもあったてって笑い話にしている。
何でも爆弾テロたけなわのパキスタンを旅する道すがら、イスラマバードの日本大使館へ立ちよった。したら今この国で風景写真を撮っていてはいけない、早く退避なさい、とそんな具合に怒られたんですよお、なんてね。
それを女の子が大きな荷物をしょって行くんだから。向こう見ずといえば向こう見ず、腹が据わってるといやあ腹が据わってんな。ちょいと顔に出てるわな、負けん気な性格が。
俺は一遍でいい、アメリカという国を見てみてえね。うちのばあさんの目を盗んで不倫旅行に出かけましょう。啓子ちゃんとその種の相談をしててさ。
いや、色んな相手がいたんだぜ、一人旅だなんてとぼけてるが。男にしたって啓子ちゃんのような子を放っておくわけがねえべさ。
また偉い令嬢育ちだっていうんでしょう?おっかさんを見りゃあ分かるじゃないの。キチンとして。ここへ来るにも和装で。
万事がそれで、有名女学校の名門女子大。都市銀行に入って、しばらく勤めると、ことぶき退社。名前は言わんが、いい学校を出たべ。
結婚がうまく行かなかったんだね。悪いことに、別れて間もなく病気のおとっつぁんが亡くなった。
でもってフランス語が得意てんで、次はフランス語の講師をしたってな、例の怪我をするまで。女学生の時分、フランスの田舎へホームステーしたとか、国際派だ、俺と違って。
いいなあ。今となっちゃ夢。三十年若けりゃ啓子ちゃんを口説きおとすが。アメリカ中連れまわさあ。夢でだろうと旅に出て自立しようか。今朝もよ、怒鳴りあがんだい。「ヨ・コ・ミ・ゾさん。御飯のあとは静かに座ってって言ってるじゃん!」
ちっ、こちとら立てったって年中ぶッつわってる以外にねえってのよ。
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