五十話:ただ一人君の為なら
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突きつけていたからである。
ルドガーは何もビズリーが近づいていることに気づいていなかったわけではない。今さらビズリーが何をしたとしても結果が覆ることはないと分かっていたのである。これ以上は見苦しいぞ。突き付けられた槍からはそんな意思が伝わって来る。ビズリーはその事に自らの完全な敗北を悟り、腕を下ろす。
『……その骸殻は、もう使うな。直接契約した今、お前も時歪の因子化のリスクを負ったということ』
ビズリーは様々な思いを込めた表情でルドガーを見つめながら、語り掛けて行く。その様はどこか全てから解放されたが故の虚無感を感じさせた。
『それ程の力……すぐに時歪の因子化してしまうぞ』
『……心配してくれているのか?』
『……ふっ、私とて家族を想う事もある』
『………………』
心配しているのかという問いかけに、ビズリーは自嘲気味にそう返す。ルドガーはそんな言葉に複雑な表情を浮かべる。ビズリー・カルシ・バクーという男は何も愛を知らない男ではない。妻に対して確かな愛情を抱いていた。息子達のことを少なからず気にかけていた。
しかし、その強すぎる義務感から審判を越えることを第一としていたためにそれを押し殺して冷徹に振る舞っていたのだ。もし、審判がなければ彼等は幸せな親子だったのかもしれない。そんな事実に黒歌達はビズリーもまた審判の犠牲者だったのだと思わざるを得なかった。
『ふふ……まさか、お前に越えられるとは……』
少し、満足げにそう呟くビズリーの体に変化が現れる。自身の胸から黒い靄が噴き出して来て苦しみだすビズリー。時歪の因子化の進行が襲い始めて来たのである。苦しむビズリーをよそに人間の敗北を刻む最後の歯車が動き始める。その事にビズリーは最後の抵抗を見せる。
『だが! 思い通りにならないからこそ、人間はっ!』
右の拳を握りしめ、ビズリーは最後の力を振り絞り―――己の心臓を貫く。大量の血を吐き出すビズリーであったが、時歪の因子化の進行は止まっていた。彼は己の命を自ら断つことで人間の敗北を防いだのである。ゼノヴィアはその凄まじい執念にある種の尊敬の念を抱く。
『……面白い』
ビズリーは血を滴らせながらゆっくりと、扉の前へと歩いていく。その様にルドガー達は何も言うことが出来ずに黙って見いってしまう。ビズリーは扉の前で足を止めその中に居るであろうオリジンに語り掛ける。
『オリジンよ……俺“個人”の願いを教えてやる』
静かに己の血にまみれた拳を振り上げ、ビズリーは怒り表情で言葉を続ける。
『あの数だけ……この拳で、お前達をっ!』
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