1部分:第一章
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は思えなかった。
「悪魔、じゃないな」
それも何となくわかった。
「じゃあ。何なんだ」
その少女を見ながら思う。しかしそれは一瞬のことだった。
翼が見えたのは一瞬だった。次の瞬間彼の前にはその少女がいた。穏やかな顔で微笑んで彼に声をかけてきたのであった。
「どうしたの、こんなところで」
「休んでいるだけだ」
彼は少女を見上げてこう答えた。言葉にも特に感情は込めてはいない。無機質に答えるだけであった。たったそれだけのことであった。
「ただな」
「こんなところで休んでいてもよくないわよ」
「大きなお世話だ」
やはり感情を込めない声で述べた。
「そんなことはな」
「いいの、別に」
「ああ、別にいい」
また答える。
「どうせこれからおしまいだ。それで起きて何になるんだ?」
そう少女に問うた。たまりかねた調子で。
「何にもならないだろう。だったらこのままで寝ているさ」
「生きたいと思わないの」
「思わないな」
そんな気には全くなれなかった。
「何でそう思えるんだ、今のこの街で」
「私はそうは思わないけれど」
「御前だけだろう、それは」
珍しく感情が言葉にこもった。しかしそれは冷笑であった。
「あまり笑わせるな」
「別に笑うつもりはないし」
「じゃあ何で俺の前にいるんだ?」
虚ろな目なのが自分でもわかる。わかっていてもそれを変えることはできなかった。また変えるつもりもない。そんな気力ももうなかった。
「からかいに来たのか?」
「そんなことはしないわ」
しかし彼女はこう答えるのだった。
「全然ね」
「そうか」
「ええ、そうよ」
またイワノフに答えてきた。
「ただ。貴方にあげたいものがあるだけ」
「何だ、そりゃ」
「これ」
そう言って彼に差し出してきたものは。それは一個のパンだった。白い大きなパン、それを彼の前に差し出してきたのであった。
「あげるわ」
「パンか」
イワノフはそのパンを見て呟いた。
「それを俺にくれるのか」
「欲しくなかったら別にいいけれど」
「いや、もらう」
だが彼はこう答えた。
「くれるんだったらな」
「欲しいのね」
「言い換えればそうだ」
ゆっくりを右手を動かした。そうしてそのパンを手に取るのだった。
「腹が減ってるからな。戦争の最後の方からまともなものは食っちゃいなかった」
「それは皆そうよね」
「ああ、そうさ」
パンを口に入れる。その柔らかさとほのかな香りが口の中全体に伝わる。久し振りに食べる白く柔らかいパンだった。イワノフはそれを貪るようにして食った。
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