第一章
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関西納豆
かなり、といっても三十年程前のことだ。
前川雄太郎は佐賀生まれの母にだ、晩御飯の時あるものを差し出された。それは糸を引いた茶色の豆だった。
その豆を見てだ、幼い雄太郎は母に眉を顰めさせて問うた。
「お母さん、何それ」
「納豆や」
大阪暮らしが長いのでだ、母はすっかり関西弁だった。その関西弁で息子に言ったのである。
「これはな」
「納豆?」
「そや、お豆やで」
「腐ってるやん」
糸を引いているからだ、雄太郎はすぐにこう返した。眼鏡をかけているがそれを一旦外して拭いてから見てもだった。
やはり糸を引いていた、それで母にまた言った。
「そんなの食べたらお腹壊すで」
「これが腐ってないねん」
母は息子に笑顔でこう言った。
「実はな」
「ほんまに?」
「ほんまや、発酵っていってな」
「腐ってないんかいな」
「そや、ヨーグルトと一緒やで」
母は雄太郎がヨーグルトが好きなのでこう言った。これも親の采配だろうか。
「そやからな」
「食べられるんやな」
「大丈夫や」
言葉で太鼓判を押してみせた。
「食べてもな」
「美味しいん?匂いも凄いで」
「美味しいで、まあ騙されたと思ってや」
パックを開けてその中にある納豆を見せながら言う母だった。
「食べてみるんや」
「ほな」
こうしてだった、母の言葉に従ってだった。
雄太郎は納豆を箸に取って食べてみた、そしてこう言ったのだった。
「あれっ、意外と」
「美味しいやと」
「うん、何か食べてみたらな」
一見すると完全に腐っている、しかしというのだ。
「美味しいわ」
「そやろ、あらかじめタレかけてかき混ぜておいたから」
「もう食べられるねんな」
「御飯にかけるともっと美味しいで、それにな」
さらに言う母だった。
「身体にもええんや」
「そやねんな」
「そやからどんどん食べたらええわ」
「何かこんなに腐ってるのに」
「腐ってはないから」
このことは断りを入れる母だった。
「どんどん食べるんやで」
「御飯にもかけてみるわ」
実際にそうして食べるとこれもまた美味かった、それですっかり納豆が好きだった。だがその彼と母をだ。
一緒に食卓を囲んでいて一部始終を見ていた夫であり父である真一郎はだ、微妙な顔になりまずは妻に言った。
「なあ里子さん」
「何?真一郎君」
お互いに二人の呼び名からはじめた。
「どうかしたんか?」
「前から思ってたけど何で納豆食うんや」
「そういえば関西って納豆食わへんな」
「絶対に食わへんわ」
断固といった口調でだ、真一郎は里子に言うのだった。
「腐ってるやろ」
「そやから腐ってへんで」
里子は真一郎にもこう言っ
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